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【沙耶ちゃんシリーズ】16 沙耶の行方2/3

      2015/07/08

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いまさら解説するのも間抜けだか、一応説明をつけておく。

沙耶ちゃんの病名は『全生活史健忘』といって、自分に関する事柄をすべて忘れてしまう症状なのだそうだ。
社会的な通念や技術は覚えていることも多いため、生活には困っていないらしい。

実際、家に上げてもらってから、沙耶ちゃんがお茶を出してくれた仕草などは、
昨日今日習ったという手際ではなかった。
記憶喪失というと=頭部損傷ってイメージがあった俺に、親父さんは主な原因は心因性だと教えてくれた。

つまり沙耶ちゃんは、過去を忘れてしまうほどのストレスを受けた、ということなのか。
「どこで?」の質問には答えてもらえなかった。
「どんな事故?」の質問にはやんわりと帰宅を促された。
食い下がることもできたが帰ることにしたよ。
沙耶ちゃんが無事でいることがわかっただけで収穫だしね。

門まで見送ってくれた彼女に手を振ると、なぜか泣きそうな顔になって「ごめんなさい」と謝られた。

それからの半年は、本当に忙しい時間を過ごしたと思う。

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バイトはやめたが、
本腰を入れた出版社の仕事(+いろいろとやらされたがww)のせいで、就労時間は変わらなかった。
わずかでも時間が取れれば、沙耶ちゃんの顔を見に行ったよ。
親父さんは警戒心バリバリだったけど、お袋さんはわりとすぐに打ち解けてくれた。
「こんなことを言うのはなんだけど、私は沙耶が病気になってくれてよかったと思ってるの」
印象に残ってるお袋さんの一言だ。
「あの子にはずいぶんひどいことをしてしまったから、恨んでるだろうなと、ずっと気にしてたんです。
今は全部忘れて慕ってくれるので助かります」
その微妙な関係、俺にはよくわかるよ。

最低限の人間関係を維持しながら、俺がメインに時間を使っていたのは、事故の解明についてだった。
休日のたびに、心当たりのある場所や機関を回って情報をせがんだ。
あのトンネルのある市の警察や消防署の窓口。救急病院の受付。
同業の地域情報誌発行元の会社まで回ったこともある。
結果わかったことは……日本の守秘義務を舐めちゃいけない、ということだけだったorz
行く先々でたしなめられたよ。原因なんて些細なことを今さら蒸し返すんじゃないって。
今、問題なく……むしろ以前より幸せに過ごしているんなら、それでいいんじゃないか、と。
そうかもしれんね。
たしかに、沙耶ちゃんは明るくなったよ。いい意味で甘え上手にもなって、みんなに可愛がられてる。
復帰した大学でも、友人が増えた(男がダントツに多いっていうのが気になるがww)と喜んでいたし。
でもさ……じゃあ、以前の沙耶ちゃんはどこに行ったんだろう。
生真面目で不器用だったけど、彼女の本質はそれだったような気がするんだよな。
以前、出版社の仕事で、突風の被災地の写真を撮りに行ったことがあった。
えっと……ああ、『復職』で書いてるな。
そのときに沙耶ちゃんの写真を一枚撮ったんだが、
彼女の周りに集まってた光だけが写ってて、沙耶ちゃん本体は写っていなかった。
今の沙耶ちゃんは、陰のない光みたいな存在だと思う。
だけどそこに、彼女の本体はいない気がしてしょうがないんだ……

珍しくH先輩だけが俺の行動を肯定してくれた……
というか、先輩の言によると、俺の行動が正しいとしか言えなくなるんだけどねw
『全生活史健忘』は記憶が戻ってくることがほとんどらしい。
意志の力で封じ込めているようなものなので、傷が癒えれば自然に解放されるんだろう。
そのときに理解者が周囲にいないというのは、ものすごい悪影響になるそうだ。
沙耶ちゃんの今の状況を手放しで喜んでいる彼女の家族が、
記憶の戻った沙耶ちゃんをちゃんと受け入れてやれるのか。
「顔も知らん俺でも心配になる」と、H先輩は初めて善人らしいことを言った。

先輩からモチベーションを維持する力をもらった俺は、
あの日も例のトンネルの地区を管轄している駐在を訪ねた。
すっかり顔馴染みになった40代の巡査部長が、奥の座敷に通してくれたときは、思わず『やたっ』と心の中で叫んだよ。

以下は、巡査部長とその後に訪れた市警の担当者の話を総合して書く。

半年前の6月の終わり頃のこと。深夜にかかろうかという時刻に、交番を一組の親子連れが訪れた。
母親は小さな幼児を抱いていたらしい。
雨が降っていたので、2人ともずぶ濡れだったようだ。
巡査部長は2人をこの座敷に上げ、わけを聞いた。
母親は早口で「山中に若い女性が放置されている」という旨のことを告げた。
「地図を指し示して、場所まではっきりと教えた」と、巡査部長はその地図を広げながら語ってくれた。
眠っている幼児を抱えた母親を連れまわすのは気の毒だったので、彼は一人でパトロールに出かけたそうだ。
目的の場所は、トンネルから脇に逸れた林道の途中。
滅多に人の入るところではないので、ふだんは立ち入ることもない。

狭い林道をミニパトでとっつきまで走り、何もないのを確認して折り返す。
このとき巡査部長は、あの親子に騙されたと思った。こんな道を徒歩で入る人間がいるわけがない、と。
サーチライトさえ吸い込まれそうな真っ暗な山道を慎重に進むと、前方に何か動くものが見えた。
それは左の木々の間に消えていった。

「あの親子連れに見えたから、驚いてな」
俺の前で巡査部長は鳥肌の立った腕をさすって、熱い茶を飲んだ。

彼は車を止めて後を追った。薮が左右に分けられていて、確かに人の通った跡があった。
その先で沙耶ちゃんが見つかった。
全裸で、絞首の痕があって、仮死状態だったそうだ。

沙耶ちゃんは市内の総合病院に運ばれてから意識を取り戻した。
市警の女性警察官が彼女の担当になり、事情聴取をした。
前夜、トンネルから徒歩で帰ろうとしたところを、見知らぬ集団の車に押し込まれたこと。
その後に乱暴されたこと。
そこまで話して、沙耶ちゃんは別人になってしまったらしい。
何を聞いても「わかんない」「ありえない」を繰り返した。

「暴行は親告罪じゃないのよね……」
女性警察官はぼそっと言った。
犯人を捕まえれば無条件で起訴になる。そして、沙耶ちゃんは証人として裁判所に呼び出される。
沙耶ちゃんの親父さんは、「捕まえなくていい」と即答したようだ。

帰り道。運転しながら、いくつかの選択肢を描いた。
沙耶ちゃんが事件を思い出す→精神の崩壊の危機→そばにいないと。
沙耶ちゃんが事件を思い出す→意外に平気で乗り越える→微力ながらそばで応援。
沙耶ちゃんが事件を思い出さない→遠慮なくゲット。
……俺って、つくづく自分勝手な発想しかできないらしい……

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