【厳選】 怪談・都市伝説・怖い話まとめ

ネットで見つけた、都市伝説・怪談・ほんとにあった怖い話・世にも奇妙な物語・心霊系・不思議系・電波系・オカルト系のお話シリーズです♪

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千代万里

      2016/07/16

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もう七年くらい前なんだけど、俺が高校に入ってすぐの夏に聞いた話。

157 :本当にあった怖い名無し:2012/11/14(水) 12:14:48.41 ID:pKaiE3qJ0

俺の父親は三男の次男で、特に継ぐモノも無いので都会に出てきた口なわけだが、実家の実家、本家に当たる家は結構歴史ある家らしい。

祖父も三男坊なので本家には生涯で数回行ったかどうかってレベルだったけど、高校の頃の俺は、王室だの皇室だのの話に凝り出して、そこからあらゆる家の『家系図』を知りたがる家系図マニアと化していた。

当然、親父の家の血筋がそんなんなら一度は知ってみたい、と興味を持っていた。

中学生最後の年の正月にも父の実家に里帰りしていたのだが、その時は父方実家の墓を見ただけ。

墓はその年の十数年前に現地に移動したモノで、その時に以前の名が消されてしまったのか、本家のでかい墓からも、俺の高々祖父(ひぃひぃひぃじいさん)より

上の名前は記載されておらず。

その時親父から、俺の曽祖父に当たる人が四十代を前にして死んだこと、翌年に曽祖父の叔父(つまり祖父の大叔父、高祖父の弟)が亡くなり、子供がいなかったので、祖父がその家を継いだことなども聞いたが、高々祖父以前の名前についてはよく知らないとのことだった。

俺の受験も終わり、翌年の夏は久々に盆の時期にも父方の実家に帰ることとなり、俺は今度こそ家の謎を明かしてやると(無駄に)意気込んでいた。

そんな中、本家の長男の長男に当たる人(俺のハトコで、本家の次々代の跡取り)に長男が生まれたそうで、皆本家に集まれとの号令が下ったらしい。

なんでも、本家にまだ存命だったひいばぁちゃん(その時既に百歳だったかと思う)にとっては玄孫に当たるため、とてもめでたいと、親戚一同全員に召集かけたんだそう。

本家の中を捜索したら古い家系図も見つかるかも!と、やはり無駄にワクワクしていた俺は、その日を本当に楽しみに待っていた。

さて里帰りしたのが八月の十二日。

十五日には法要があるから、親戚一同で玄孫誕生とひぃばあちゃんの末永い健康をお祈りする宴会が、前日の十四日に開かれることに。

そのため、本家に集まる前日に当たる十三日には、まず祖父家の墓参りを済ませ、ついでに祖父ちゃんに家系で知っていることをリポートするということにした。

墓参りした後、本家の墓や分家の墓も見てみたが、やはり名前があるのは高々祖父あたりまで。

分からんので悩んでみると、祖父から「墓ばかりジロジロ見てどうした?」と聞かれたので、とりあえずウチの家系についてあれやこれや尋ねることに。

そしたら色々話をしてくれたよ。

その中では、曽祖父が早くに亡くなった年の前後には、曽祖父の弟や当時の近所の方、また親戚が次々亡くなったそう。

丁度太平洋戦争の開始前夜の辺りで、戦争被害ってわけでもないのに、何故かバタバタ人が亡くなったらしい。

原因は病死が大半だったが、中には自殺した人もいたんだと。

曽祖父の叔父もそんな一人で、まあその人の死因も普通の病死だったが、まだ十三歳くらいだった祖父は、高祖父(曽祖父が亡くなった後も存命で、昭和三十年代頃までいたらしい)の命令で、殆ど知らない大叔父の家を継ぐこととなり、半泣きだったそうな……。

大叔母が養母になったし、当時の十三歳は今より随分精神的に成長しているだろうことは想像がつくが、それでも堪えただろうなあとは思う。

さて、前置きが随分長くなったが、ここからが冒頭で話した話と直接関わる話。

祖父が言うには、祖父が家を出る数週間ほど前の時期に、家(本家)に五~六歳くらいの二人の少女がやってきたらしい。

彼女らは養女として貰われてきたのだとか。

もっとも、家には亡くなった人が随分出たとは言え、曽祖父の子供は祖父も含め全員が存命だったし、その数はなんと十二人。

(うち二人は双子で、末の子は曽祖父が亡くなった後の生まれ)

流石に大きな家といえども、それだけ子供がいて、なおも子供を増やす余裕なんてあるのか。

その上、いくら人が多く亡くなっていても、まだまだ子孫は多くいるだろうに、養子、それも跡継ぎとなるであろう男子ではなく女の子というところに、祖父は大いに疑問を感じたようだ。

養女たちは『千代』『万里』と名付けられ、それぞれ「ちーちゃん」「まーちゃん」と言われていたそうな。

俺はそれを聞いて、

「その子ら、五歳くらいになる前に名前付けてもらえなかったの?そういう危ない系統の子?」

と聞き返したが、祖父曰く、元々の名を高祖父が改名させたそう。

高祖父はこの二人をすごく可愛がっていたそうだが、時々怪訝そうな顔で二人を見つめていたりもしたんだと。

間もなく祖父は大叔父の家に引き取られたが、一年のうち数度は実家に戻ってきては、ちーちゃん、まーちゃんと遊んであげたこともあったらしい。

ところが、ちーちゃんは貰われて五年くらい、大体終戦前後に亡くなってしまったらしい。

まーちゃんはその後も暫く生きていたが、祖父は会う度にやつれ、疲れていった印象も持っていたんだとか。

結局そのまーちゃんも、高祖父が死んだ前後に亡くなったようだ。

正確にはは前か後か、覚えていないとのことだったが。

伯父さんの運転する車に乗って墓から帰る途中に、旧墓地(以前お墓があった場所)も通った。

そこは整備されて、ショッピングセンターやらなんやらが出来ていたため、それがそもそもの移設の原因となったんだとか。

ところがその脇にポツンと、一個だけ小さな墓があった。

と言っても、小高い丘陵部分の道路の脇の下の方で、階段を使ってでないと降りられない場所に。

祖父が言うには、「あれが今の、ちーちゃんやまーちゃんのお墓だ」と。

何故、移設した場所に一緒に葬ってあげなかったのか聞くと、

「本家の方で、あれはずっとここに残してくれって話があって、それ以来少しだけ位置を移動させて、あそこにある」との回答。

更に祖父が言うには、移転分離後、ちーちゃんまーちゃんの墓には、本家の許可を得たもの以外は、例え分家の当主でも墓参りが禁じられたんだとも聞いた。

確かに階段の先には『無断で当地に入ることを禁ず』とあり、柵がついていた。

よく分からん話だったが、家にまつわる奇怪な話に俄然俺は興味が湧いてきた。湧かずにはおれなかった。

是非とも明日、曾祖母に直接インタビューして墓の正体を暴いてやる、という気持ちでいっぱいだったわけだ。

その日は興奮していたが、夜はぐっすり寝た。

さて翌十四日、朝から家族総出で本家に出かけることに。

俺ら家族四人に、伯父一家が五人、叔母一家四人、それに祖父母といるから、二台ある自家用車に俺と妹と祖父母、伯父一家がそれぞれ乗って、残りはタクシーで移動という形に。

それだけでも大変な人数だが、本家に着くとその数倍はいるであろう人の山。

曾祖母の兄弟姉妹とその子・孫らも混ざってはいるが、その大半が曾祖母の子孫たち。

一人の女性からこれだけ多くの人が派生し、しかもその大本の人が生きているってことを実感して、素直にすげーって思った。

妹や従兄弟たちは、人の多さにうんざりしていたが。

曾祖母を囲んで、その膝には玄孫に当たる本家の長男の長男の長男サマが座り、ずらりと並んだ料理を食べながら、皆めいめいに雑談を繰り広げた。

さて、そんな中で俺の質問の時間だ。

大柄な男たちに囲まれた曾祖母は、流石に百年の年季を刻み込んだしわくちゃの顔をしており、またとても小さく見えた。

なんとも近づきがたい様子だったが、意を決して挨拶、そして色々とインタビュー。

家系図のこと、曽祖父のこと、高祖父のこと、その他先祖のこと。

そして墓のこと、『ちーちゃん・まーちゃん』のことも。

曾祖母は「あーたけちゃんか、大きくなって」と言った反応の後、聞いているのかいないのかよく分からない感じで、俺の話を聞き流していた。

その時、祖父の甥が、曾祖母の代弁とばかりに色々答えてくれたよ。

まず聞いたのが、高祖父の更に祖父の話。墓に記載されていない人だ。

これは単なる笑い話が大半だった。

この人は鶴蔵さんと言う人で、略して鶴じいさんと言われていた。

もう高々々祖父とかまだるっこしいから、ここから鶴じいさんと書く。

その鶴じいさん、若い頃は相撲取りの名人(もちろん素人)で、本家の嫡男にも関わらず、近所の奴等と相撲を楽しみ、危ないからやめろと言われてもやめなかったんだと。

町の相撲取り大会での優勝記録もあったりするんだと。

他には、屁がやたらとでかくて、寝ながら屁をこいたら、自分の屁の音がでかすぎてびっくりして飛び起きたという話まで。

ユニークなじいさんだったらしい。

話してくれた次男さんが言うには、この鶴じいさんの伝説は、高祖父から祖父たち、更にその息子たちの世代に伝わった話なのだとか。

そんな伝説を持つ爺さんがどうして墓の名前から漏れたのかに関しては、結局のところ、祖父の兄(次男さんの父親)が、大正より前に亡くなった方に関しては、もう名前を入れないということにしたんだとか。

実はこの鶴じいさんこそが、『ちーちゃん・まーちゃん』の話にも関わる重要人物でもあったのだが。

祖父の兄もまた17かそこらで父親を亡くし、祖父(俺の高祖父)から厳しく、当主の座を守るようにしつけられたのだとか。

そんな中で太平洋戦争が勃発し、祖父の兄も召集。

その前後で一時生死不明になったらしく、高祖父はうなだれて仕方なかったのだとか。

そしてその前後、ちーちゃんが亡くなり、そして間もなく祖父兄の無事が確認されたのだと。

この時点で俺めは大体察していた。

『ちーちゃん・まーちゃん』は、家の者の不幸の身代わりとして養女となった、不幸を引き受けるための存在だったのではないかと。

それを問いただしてみたら、ビンゴだった。ちょっとショックだった。

祖父が既に生まれていた比較的近年のこの時代に、普通に生きてきたはずの俺の親類(義理だが)に、そんな存在がいたというのは。

更にいえば、この(当時五十代くらいの)次男さん、『まーちゃん』とは実際に遊んだことがあるのだと聞いて、ちょっと驚いた。

四歳くらいの時には『まーちゃん』の葬儀があったようで、それ以前のことなのでよくは覚えていないが、祖父の末の妹に当たる方とは年も近しく、よく遊んでいたのだと。

その叔母さんにも話を聞いて、『ちーちゃん・まーちゃん』の当時の生活の様子が具体的に明らかになっていった。

まず、二人は高祖父の養子となっていたこと。

つまり、祖父たちにとって彼女らは『叔母』に当たる存在だった。

食事は基本的に皆同じなのだが、『まーちゃん』は皆が食べた後で食べる。

『ちーちゃん』は祖父妹が物心ついて間もなく亡くなったので覚えていないのだとか。

高祖父も最初は皆で一番先に箸を付けるが、その後は本を読んだりして待ち続け、まーちゃんと二人で食べていた。

夕食時のことで、朝食や昼食時は覚えていないようだ。

お風呂などの順番も一番後。

一度『まーちゃん』と一緒に入りたがった祖父妹は、泣きながらも一緒に入りたがったので、それではと高祖父は祖父妹も一番最後に入らせた。

『まーちゃん』は基本的に和服。

高祖母も和服だったし、現にそこにいた曾祖母も和服ではあったが、子供たちは洋服で過ごしていたので、何か違和感があったようだ。

『まーちゃん』の寝る場所は、皆の寝室とは離れていた。

個別の寝室を持つ高祖父の場所とも異なっていたと言う。

実はそこにはもう一つある物があったのだが、それは後で話す。

トイレとかは兼用。そして、『まーちゃん』はよく気分が悪くなっていたので、この空間だけは誰よりも『まーちゃん』が優先して入ることが出来た。

当時は今の本家内にある水洗トイレではなく、外に汲み取り式のものがあったようだ。

『まーちゃん』は家事手伝いなどはやらなかった。やらなくてもいいことになっていた。
一生家の中で飼い殺しにするつもりだったのだろうか……?

『まーちゃん』とは絶対に遊んではならないと言われた遊びが二つあった。

一つは『かごめかごめ』。元は人買いの歌らしいし、そういうのもあってダメだったのだろう。

もう一つは『かくれんぼ』。これは逃走防止の観点から?

また、『まーちゃん』は家から一定の範囲以上は出てはならなかった。

ただし、高祖父が共にいる際は多少の外出は可能で、一度旅行もしたことがあるという。

家の女の子のために、家には高価なお雛様が一式あったが、それらは一家で一つの扱い。
ただ『まーちゃん』には別に、なんとも簡素で、お内裏様とお雛様だけなのだが、別にもらっていたのだと。

旅行中に高祖父から、「絶対に『まーちゃん』から目を離すんじゃないぞ。失ったらお前が死ぬんだからな」と、何度も脅すように忠告されていたのが怖かったらしい。

『まーちゃん』が亡くなったのは、祖父の話の時点では曖昧だったが、祖父妹曰く、確実に高祖父が亡くなるより少し前だったという。

また、高祖父が病で寝たきりになっている時、『まーちゃん』は常に傍に居なければならなかったのだと言う。

『まーちゃん』は、この時ばかりは高祖父が怖くて仕方が無かったと聞かされたようだ。

で、高祖父自体は普段は『まーちゃん』にとても優しかったのだと。

その高祖父だが、祖父妹を始め、実の孫や実子にはものすごく厳しい人で、『まーちゃん』に優しいのは不自然過ぎるほどだったのだと。

高祖父は亡くなる直前にも伏せていたが、その時も『まーちゃん』は傍に居続けた。

ある日、『まーちゃん』は祖父妹に、「ごめんね。もう遊べない」と伝えた。

まーちゃん自身とても苦しそうだったようだ。

それから、『まーちゃん』は同じ家の中にいるのに会うことすら出来なくなった。

でかい家だったし、それくらい出来たのだろう。

暫くして『まーちゃん』が亡くなり、続いて高祖父も亡くなったという。

この時点では俺は、『まーちゃん』は高祖父の苦しみを吸い取り続けたけど、とうとう吸いきれずに死んでしまい、そして依り代の無くなった高祖父もまた、すぐに死んでしまったのだろうなと考えていた。

厳密には違ったわけだが……

話も色々聞いたし、次男さんからは、鶴じいさんより前の人たちの話も僅かながら聞けた。祖父兄(本家の当主)からも話を聞けた。

ちなみに、『ちーちゃん・まーちゃん』の墓には、『ちーちゃん・まーちゃん』以前にも同じように不幸の肩代わりをしていた養女たちが眠っているのだと。

そして本家の者に許可をもらっていない者たちが墓参りをしてはいけなくなった理由は、『ちーちゃん・まーちゃん』やそれ以前の少女たちは、その周辺の土に念がまだ居ついているのだと言う。

だから、勝手に墓に参ると、それらの念が憑いてしまい、彼女たちがあの世に持っていった不幸が乗り移ってしまうのだとか。

当主に限っては、彼女たちは『畏れるから』念が意図的に抑えられ、憑くことが無いのだとか。

そもそも移転前は普通にその墓も墓参り出来たというから、単に祖父兄が勝手に信じ込んでいるだけの話なんじゃないかとも思ったがね。

後は、今そのような子供がいないが、どうしているのかという話。

何故現代ではそれをしなくなったのかと言うと、信仰心が薄れたのもあるが、そもそも身代わりが他に見つかったのだと言う。

それが、先ほど話したお雛様。

同じタイプのお内裏様とお雛様を数年おきに買い替え、前のものはお寺に持っていくことで、不幸の依り代の代わりにしているのだという。

そしてそれは今もやっているとのことで、件のお雛様は……

かつて『まーちゃん』が過ごしていた部屋にあるらしい。

というかあった。後で見せてもらった。

お雛様というか、お雛様の衣装を纏ったこけし型人形というか、そんな感じの簡素な奴。

内裏雛以外は無く、三段くらい。

飾ってあった部屋は、別に離れ的な場所にあるわけでなく、奥まった場所にあった以外は普通の小さな和室。

ただ、使ってない感バリバリで、霊感のある奴が来たら『なんかあるな』と感じれるような雰囲気があった。

もっとも、俺には霊感無いからそんなものは感じなかったわけだが。

 

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そもそも、まーちゃんが来る三十年程前に、少女を貰い受けて不幸避けとする伝統は終わったらしい。

当時亡くなった子供たちを最後に、代替手段の無いまま、『現代には迷信的過ぎる』と廃止になった。

今から数えて100何年か前。

ド田舎でも、人身売買やらは縮小の傾向にあった時期なんじゃないかなあと思うし、そりゃ当然だろう。

廃止したのが、先に出た鶴じいさんだったようだ。

鶴じいさんは、当時の本家の当主であったその親父(俺から見てひぃひぃひぃひぃひぃ祖父さん)が、「次の少女を早くもらおう」と言うのに対し、強硬に反対。

とうとう絶対権力者(であっただろう、当時の家長なんてものは)の父親の反対を押し切って、この制度を終わらせ、少女の貰い受けをしなくなったらしい。

本家の仏壇には戒名表みたいなの(ごめん、正式になんて言うか知らない)があって、そこに家の故人の戒名がズラズラッと並べてあった。

本名も併載していた気がするので、だいたいそこで鶴じいさんの存在も発見したわけだが、鶴じいさんの親父は、一時廃止前後に亡くなっていた。百歳越えてたようだ。

その時点で鶴じいさんも70~80ってとこだから、いつまでも迷信にこだわるボケジジイに頭抑えられていて、しかも小さな女の子を犠牲にするようなシステムの存続をしろってんだもの、そりゃ反対もしたくなっただろう。

ただそれだけで無く、若い頃は自分の奥さんがこの役を受け入れさせられそうになったことも、鶴じいさんが反対する原因だったようで。(直接そうは言われていないが、話を聞く限りは)

鶴じいさんが若い頃なんだが、鶴じいさんの親父は一度再婚したらしい。

そして、奥さん側には二人の男女の連れ子がいて、姉は鶴じいさんと同世代、弟もすぐ下って感じだったようだ。

前に鶴じいさんが付近一帯で相撲の名人だったと話したよな?

その義弟もアマチュア相撲、やっていたそうだ。

だから、鶴じいさんと義弟はすぐに打ち解け、鶴じいさんは相撲の師匠にもなってやったんだとか。

ところがだ。暫く経った頃、鶴じいさんがまた町の相撲大会で優勝したんだと。

その時、負けた奴が酒飲んで暴れ回ったんだと。

そしてあろうことか刃物まで持ち出して、とうとう鶴じいさんの家に乗りこんで、顔なじみでもあった義弟を刺し殺してしまったらしい。

当然そいつは逮捕されたが、鶴じいさんは超ショックだったようだ。

相撲やめたかどうかは聞いてなかったけどな。

まあ何も言ってなかったけど、そこまでいけばやめたんじゃない?

更にその後、立て続けに後妻さんまで亡くなったらしくてさ。

特にショックだったのが、鶴じいさんの父親、つまり当主さんだったらしい。

その後なんやかんやで、養子とした娘(姉弟の姉の方)を不幸避けの少女役にしようとしたそうな。

元からそのつもりだったのか、後からそうしようとしたのかはしらんけどな。

しかしながら、鶴じいさんは猛反対。

なんとか父親の企みを止めるためにとったのが、義妹と結婚して、次期当主の嫁として手出し出来ないようにしたんだと。

結局その時は、別の少女を他所から貰うことでコトが済まされたようだ。

時期的に考えて、おそらくその後も、何度か少女の移り変わりはあったんだと思う。

それが何故百年前のタイミングで、鶴じいさんが反対したのかは知らない。

おそらく、当主が100にもなって、今更止める力も無いとの判断だったからだろう。

その後、三十年経った時期に復活したのは、やはり、その辺りに身内に不幸が続出したからなのだとか。

正確にはその間十年ほど前の時期にも、曽祖父のお兄さんに当たる人が子供が無いまま亡くなり、更に二~三年のちには、その奥さんも死んでしまったとか。

その上更に次の跡継ぎまで……となれば、高祖父が制度を一度だけ復活させたのも止む無しという感じかもしれない。

もし、お雛様による代替まじないが無かったら、今でもそういう娘がいたり、あるいは無理に廃止して親戚一同死人ばかりになっていたかもしんない。

ちなみに、鶴じいさんの親父と鶴じいさん自体、制度廃止から数年と持たず亡くなったのだとか。

まあ、高齢者と超高齢者なんだし、そこまで行けばそりゃ単なる偶然だと思うがな。

『千代』『万里』と言う名前は、『千』『万』がつくからそう名付けたようだ。

かつて同じように不幸避けとして貰われた子も、『千歳』『万紀』などのように、千や万がつく名前だったらしい。

二人のうち、必ず『千』の名前をつけられた方が短命だという。

『万』の子一人が生きているうちに、『千』の子2~三人が相次いで亡くなることもあったそうだ。

いずれにせよ、三〇0まで生きることは少なくともなかったらしい。

そのことは、一帯を仕切るお寺さんでも熟知していたらしく、代々に伝えられていたのだとか。

子供は、可能なら近所から、そうでなければ遠方の人身売買斡旋商?やらから貰い受ける。

その中での条件は、『健康でなく、病弱で、失っても働き手としては痛手にならない子』だったそうだ。

そうした理由は、元々病弱な子は不幸の気を身にまとっているため、当主たちにとって罪悪感が薄れるからというのと、相手方も、健康な働き手を失うことなく子を差し出せるというものからだったと。

ただ、何世代か一度、健康な子を欲しがることもあったのだと言う。

その時は、身内の不幸が余りにも多い場合など。

七十年前もそうした理由で、千代と万里という健康な子供を貰い受けたのだと言う。

元はどこからの子で、なんという名前だったかは、高祖父しか知らない。

『まーちゃん』と遊んだ祖父妹も、その名前だけは教えてくれなかったらしい。

さて、ここが一番恐ろしい話なんだが……

上で書いた通り、長生きする方である『まーちゃん』でも三〇までは生きない。

前の『ちーちゃん』が亡くなったのは六歳かそこらだし、三倍しても二〇かそこらで亡くなってしまう計算だから、妥当なとこだろう。

実は、いずれの不幸避けの少女たちも、養父に当たる歴代の当主が亡くなるより前に必ず亡くなっている。

そして、新しい不幸避けの少女は、新しい当主が改めて迎えている。

では、当主より先に必ず不幸避けの少女が(病死などの形で)自然死するだろうか?

ま、確率的に言えば低いわな。少女はまだ若く、当主はジジイなんだから。

まあオカルト的な何かが働いているとしたら、先に書いた通りそう思ったんだけど、ありえるんじゃないかとは考えた。

ところがだ、実際はもっと現実的な意味で怖い話だったわけ。

当主がいよいよ亡くなるって頃になると、ひっそりと当主の手によって少女たちは葬られるらしいんだわ、恐ろしいことに。

それで逮捕されるなんてこともなかったみたいだから、警察も暗黙の了解だったのか、それともバレない方法で殺ったのかは知らんが。

そりゃまあ、鶴じいさんのような経歴や動機が無くても嫌がるんじゃないかと。

何せ、自分の手で少女たちを殺める必要にかられるんだからな。

多分、前の『まーちゃん』も、高祖父自身が手を下したんじゃないか。

そう思うと、マジでぞっとした。僅か数代前の先祖がそういったことをやっているんだからな。

その話だけは祖母妹も知らなかったらしく、曾祖母が直接教えてくれた。

ただ、話聞く限り、餓死とか薬盛ったとか、そういうやり方だったんだと思う。

話の後、さっきも書いた通り雛人形の部屋(おそらく前は少女たちの部屋)に連れて行ってもらえたんだが、少女たちのお墓にはとうとう連れて行ってもらえなかった。

それからまた数年。今は曾祖母も祖父の兄も亡くなってしまった。

その後は親父の従兄弟、つまり祖父の兄の息子さんが跡を継いで、まだお墓の管理もやっているらしい。

あれ以来本家にも行っていないが、多分雛人形を使った不幸避けは続いているんだろうな。

いつかそれが、また実の人に戻ってしまわないよう願うばかりです。

(了)

 

懺・百物語/我妻俊樹/伊計翼/小田イ輔

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