【厳選】 怪談・都市伝説・怖い話まとめ

ネットで見つけた、都市伝説・怪談・ほんとにあった怖い話・世にも奇妙な物語・心霊系・不思議系・電波系・オカルト系のお話シリーズです♪

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師匠シリーズ 065話 ビデオ-前篇(1)(2)

      2016/09/18

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065 師匠シリーズ「ビデオ 前編1」

大学二回生の初夏だった。

俺はオカルト道の師匠につれられて、山に向かっていた。

「面白そうなものが手に入りそうだ」と言われて、ノコノコついて行ったのであるが、彼の『面白い』は普通の人とは使い方が違うので、俺は初めから身構えていたが、行き先がお寺だと知って、ますます緊張してきた。

なんでも、知り合いの寺なのだとか。そちらから連絡が入ったらしい。

市内から一時間以上走っただろうか。師匠は「ここだ」と言いながら、道端に軽四を止めた。

周囲は畑に囲まれていて、山間に午後の爽やかな風が吹いている。

古ぼけた門をくぐり地所に入ると、ささやかな杉木立の向こうに本堂があり、脇に設けられた庭園には、澱んだような池が音もなく風紋を立たせていた。

「真宗の寺だよ」と師匠は言った。

山鳩が鳴いて、緑の深い森に微かな羽ばたきが消えていく。

右手に鐘楼堂が見えたが、屋根が傾き、肝心の鐘が見当たらない。打ち捨てられているようだ。

「あれは鐘が戦時中に供出されてから、そのままらしい」

師匠の説明に顔をもう一度そちらに向けた瞬間、目の端になにか白いものが映った気がして、先へ進む師匠を追いかけながら首を捻ってあたりを見回したが、何も見当たらなかった。

その白いものが服だったような気がして少し気味悪くなった。境内には誰もいないと思っていたから。

師匠はズンズンと本堂から反れて、平屋の建物の方へ向かっていった。

住職の住む家らしい。庫裏(くり)というのだったか。

玄関の方へ回ろうとすると「こっちこっち」という声がして、裏手の方から手招きをしている人がいる。

随分背の高い男性だ。

俺と師匠は裏口から招き入れられ、居間らしき畳張りの部屋に通された。

「親父さんは?」

師匠の問いに、「出てる。パチンコじゃねえか」と男性は答えて、「じゃあ、例の持ってくる」と、部屋を出て行った。

二人取り残されてから、俺は師匠をつついた。

「あの人は黒谷さんっていう、悪い人。親父ってのがこの寺の住職。やっぱり悪い。

なにせこの僕に、供養を頼まれた物品を売りつけようってんだから」

ニヤニヤと笑う。

俺は先日見せてもらった心霊写真の束を思い出した。

あれも確か業者から買った横流し品だと言っていたはずだ。

「ああ、ここから直で買ったのもあるよ。まあ、一応ここは、御焚き上げ供養の隠れた名寺ってことになってるから、そこそこ数が集まってくる。でもまあ、本物は一割以下だね」

師匠はそう言いながら、部屋の中に無造作に飾られた市松人形や掛け軸などを勝手に弄りまわっている。

やがて黒谷と呼ばれた男性が戻ってきて、紙袋を師匠の前に置いた。

師匠が手を伸ばそうとすると、黒谷さんはスッと紙袋を引き下げて手の平を広げた。

五本の指を強調するようにウネウネと動かしている。

「五本は高い」

師匠が口を尖らせると、黒谷はボサボサの頭を掻きながら「あ、そ」と言って、紙袋を持って立ち上がろうとする。

「持って来たのはどんな人ですか」

間髪いれずに師匠が問うと、中腰のまま、

「中年のご婦人。深い帽子にサングラス。住所不明。姓名不明。ブツの経緯も不明。でも供養料に、足の指まで全部置いてった」

と答える。

「二十本も?」

師匠が険しい顔をした。

そして「わかりました」と言って、ジーンズのポケットから出した財布を放り投げる。

黒谷は財布をキャッチして、紙袋をこちらによこした。

師匠は紙袋を覗き込み、小さく頷く。俺も思わず横から割り込むように覗いた。

袋の中に一本の黒いビデオテープが見えた。

「足りねえ」

黒谷の声に師匠がばつの悪そうな顔をして、「今度持って来ます」と言う。

「今度っていつだ」

気まずい雰囲気が部屋に流れる。

その雰囲気に耐え切れず、思わず「いくら足りないんですか」と言ってしまった。

つくづく師匠の思惑通りの行動をとってしまっていると、我ながら思う。

結局、俺はなけなしの七千円を財布から出して、黒谷に手渡した。

俺だって見たいのだ。ここまできて我慢できるわけがない。

「また何か入ったら、連絡する」

黒谷はそう言って立ち上がった。

帰る時、俺と師匠はまた裏口に回らされた。

靴がそこにあるからとはいえ、なんだか悪いことをしているという気になってくる。

いや、確かに悪いことなのだろう。

供養して欲しいと持ち込まれたものをこうして金で買って、好奇心を満たそうというのだから。

これを持ってきたという女性は、いったいどんな気持ちで寺の門をくぐったのか。

いきなり腕を掴まれた。ドキッとする。

「あいつの弟子か」

凄い力だった。黒谷は俺を引き寄せてささやく。師匠はもう外に出ていて、家の中からでは見えない。

「オレのことは聞いたか」

掴まれた腕の痛みに、顔をしかめながら頷く。

「じゃあ、浦井のことも聞いたか」

「まだ全部は聞いてません」

ようやくそう言うと、やっと手を離してくれた。

黒谷は何か考えごとをしているように視線を宙に彷徨わせていたが、ニッと口元を歪めると、「あのビデオ、やばいぜ」と言って、“もう行け”とばかりに手を振った。

掴まれた肘の裏側が熱を持ったように痛む。俺は逃げるように靴を履いて外へ出た。

外では師匠が誰かに気づいた様子で、なにかを喋りながら本堂の方へ歩いていこうとしていた。

俺は家の戸口を気にしながら、慌ててそれを追いかける。

視線の先に、白い服を着た少女が映った。ああ、さっきの、と思う。幻覚ではなかったようだ。

師匠は「アキちゃん」と呼んで、近づいていった。

本堂の式台の端に腰掛けて足をぶらぶらとさせながら、師匠の呼びかけに軽い会釈で応えている。

中学生くらいに見える、ほっそりとした色の白い子だった。

久しぶりに会ったような挨拶を交わしたあと、師匠は「高校には上がれそうなのか」と聞いた。

そういえば今日は平日のはずだ。学校を休んでいるのか。

少女ははにかんで笑い、「たぶん、なんとか」と、風鈴が鳴るような声で返した。

その後、参道を引き返す俺たちを見送りながら、彼女はずっと同じ格好で座っていた。

振り返るたび、周囲の景色より小さくなっていくように見えた。

帰りの車の中で、俺はシートベルトを締めながら師匠に顔を向ける。

「アキちゃんて言うんですね」

「ああ。秋に生まれたからだと。あのオッサンの妹だよ。体が弱くてね、学校も休みがちみたいだ」

ずいぶん歳の離れた兄妹だ。それより、あのガッシリした体格の男性とのギャップが大きい。

「血は繋がってるのはホントだよ、どっかから攫ってきたワケじゃない。それにあのオッサン、ああ見えてまだギリギリ二十代のはずだ」

師匠は意味深な口調でそう言って、急な山道を降りるために、フットブレーキからギアを落として、エンジンブレーキに切り替えた。

「あのオッサンの話は、まあ、またいずれな」

それよりこっちさ。そんな顔で師匠は、傍らの紙袋を舐めるように見るのだった。

お互いに午後は用事があり、深夜零時近くになってまた合流した。

「夜の方が雰囲気が出るだろう」

師匠はそう言って、まだ見てないというビデオテープを紙袋から出して見せた。

師匠のアパートの畳の上で、いつものように俺は胡坐をかいてテレビの前に座った。

家具だかゴミだかよくわからないこまごましたものを乱暴にどけて、師匠も横に座る。

「古いテープみたいだからな。ベータとかいうオチじゃなくて良かった」

そんなことを言いながら、黒いビデオテープのカバー部分をパカパカといじる。

どこにでもある百二十分テープのようだ。タイトルシールはない。

「さて、焚き上げ供養希望の一品。ご拝見」

軽い調子で師匠はビデオデッキにテープを押し込む。『再生』の文字が映り込み、黒い画面が砂嵐に変わった。

少しドキドキしながら食い入るように画面を見ていたが、砂嵐は一向におさまらない。

もしかしてカラのテープを掴まされたんじゃないか、という疑念が沸き始めたころ、ようやく画面が変わった。

駅の構内のようだ。

夜らしく、明かりのないところとの濃淡がはっきりしている。

小さな駅のようで、人影もまばらなプラットホームが映ったままカメラは動かない。

なにかの記録ビデオだろうか、と思った瞬間、画面の右端から淡い緑色のシャツを着た若い男が現れて、向かいのホームを眺めながら何ごとか喋り始めた。

顔には白くのっぺりとした仮面。言葉の内容はよくわからない。

アリバイがどうとかいう単語が聞こえたので、どうやら推理劇をホームビデオとして撮影しているようだ。

音があまり拾えてないし、淡々とした独白というスタイルでは、あまり出来が良いとは思えない。

俺は、高校生か大学生の学園祭での発表用かな、と当たりをつけた。あるいは、その練習段階のものかも知れない。

目の部分にだけ穴が開いている白い仮面も、おどろおどろしい感じはしない。

ただ顔を隠している、というだけに見えた。何故隠しているのかはわからない。

列車も入ってこず、構内放送も流れない単調な映像をバックに素人の演技が延々と続き、このあと一体何が起こるのかと身構えていた俺も、だんだんと拍子抜けしはじめた。

画面が時々揺れるので、据え置きではなく誰かがカメラマンをしているようだ。たった二人での撮影だろうか?
それとも、このあと別の登場人物が出るのだろうか。と思っていると、いきなり映像が途切れた。また砂嵐だ。

師匠が早送りボタンを押す。しかし、画面は砂嵐がそのまま続いていた。

停止ボタンを押して、巻き戻しを始める。

師匠が口を開く。

「なにか変だったか?」

それはこっちが聞きたい。五万円もしたワケありビデオテープがこれなのか?

あ、そういえば俺の出した七千円、師匠は返してくれる気があるのだろうか。

もう一度最初から再生する。

砂嵐の後、また駅の構内が映る。白い仮面の男が現れてカメラの前で喋る。ホームには電車も入ってこない。

ざわざわした音に包まれている。単調な映像が続き、やがて途絶える。そして砂嵐。

同じだ。特に変な所はない。師匠の顔を見るが、俺と同じく釈然としない様子だった。

それからあと二回、俺たちは巻き戻しと再生を繰り返した。けれどやはり何も見つけられなかった。

「掴まされたんじゃないですか」

俺の言葉に師匠は欠伸で返事をして、不機嫌そうに「寝る」と言った。

そして布団を敷いて寝始めた。早業だ。俺はどうしたらいいんだろう。

帰ろうかと玄関の方を見るが、なんだか気持ちが悪くて頭を振る。

あの黒谷という人が『あのビデオ、やばいぜ』と言ったその言葉に、何かただごとではない予感を抱いたことが、頭にこびり付いているのだ。

こんなもののはずはない。

俺はビデオデッキの取り出しボタンを押して、ビデオテープを引き抜く。

光にかざしてもう一度まじまじと観察するが、多少古い感じがするものの、やはりありふれたテープだ。

よく聞く名前のメーカー名が刻印されている。

血痕だとか、そういう不穏なものが付着していないか調べたがないようだ。

ということは、やはり内容になにかおかしな点があるのだろうか。

考え込んでいると、師匠が眩しいという趣旨の寝言を発して寝返りを打ったので、電気を消してやる。

 

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065 師匠シリーズ「ビデオ 前編2」

仄暗い豆電球の下で、俺はデッキに再びビデオをセットする。

ウィィンというくたびれたような音とともに再生が始まる。

砂嵐。駅の構内。白い仮面の男。独白。向かいのホームのわずかな人の流れ。微かに揺れる画面。そして砂嵐。停止。

巻き戻し。再生。砂嵐。人のまばらな夜の駅の構内。白い仮面の男の緑のシャツ。演技じみた独白。向かいのホーム。

もう一人が構えているらしいビデオカメラ。ざわめき。単調。そして砂嵐。停止。

ため息をつく。何度見ても同じだ。なにもわからない。

変な所と言えば、駅のホームに立つ白い仮面の男という、非日常的な光景くらいだが、それも言ってしまえば、“それだけのこと”だ。

なにも、寺で炊き上げ供養など頼む必要はない。

ただ、あるとすれば、俺の知らない情報を前提とした怪奇現象。

例えば、そのビデオを撮影した時には誰もカメラの前にいなかったはずなのに、白い仮面の男が勝手に映りこんでいたとか、そういう怪談の類。

そんなことを考えて少し気味が悪くなったが、その仮面の男の存在感が生々しすぎて、あまり怪談にそぐわない。

どんなに斜めから見ても、素人のホームビデオという体裁が崩れないのだ。

首を捻りながら、もう一度ビデオデッキに指を伸ばす。

再生。砂嵐。突然映る夜の駅の構内。画面の端から現れる白い仮面の男。ホームに向いたままぼそぼそと喋る声。

揺れる画面。ざわざわした駅の音。

その時、俺の中になにかの違和感が芽生えた。

なんだ?なにかが変だった気がする。なんだろう。

そんな思いが脳裏を走った瞬間だった。

プワン、という膨れ上がるような音が聞こえたかと思うと、カメラアングルの端、ホームの画面隅から、弾丸のような塊が飛び込んできた。

電車だ。

電車が通る。ホームの中を。

その灰色の箱は残像の尾を引いて、画面の右から左へ走り抜けていった。

俺は目を見開いてテレビの前、身体を硬くして息を止めていた。

あってはいけない光景だった。

何度繰り返し再生しても、なにも見つけられなかったはずのビデオが、急に手の平を返したように、不気味な姿に変貌を遂げたようだった。

思わず首をすくめるように周囲を見回す。

師匠のボロアパートの部屋の中は、豆電球の光の下で暗く静かに沈殿しているようだった。

なにか恐ろしいことが起こるような前触れはない。耳鳴りもしない。

早くなった鼓動を意識しながら、もう一度画面を見る。

通過した電車が撒き散らした音が収まった後で、白い仮面の男が困ったような仕草を見せながら、カメラに向かって「カット、カット」と言った。

電車の音にかぶってセリフが消えてしまったのだろう。

その言葉があまりに人間臭くて、ギリギリの所で俺の心を日常性の中に留め置いた。

だから、その後に起こった悲鳴にもなんとか耐えられたのだろう。

そう。悲鳴は画面の中で起こった。

仮面の男がカメラに向かってカットのジェスチャーをしていた時、ホームの向かい側で大きな紙袋を抱えた女性が、いきなり金切り声を上げたのだ。

ビクッとした仮面の男が、振り返りながらそちらを見る。

カメラもガクンと揺れた後で、角度を変えてそちらに向けられる。

向かいのホームでは何人かが駆け寄ってきて、女性が悲鳴を上げながら指差す線路の辺りを、身を乗り出すようにして見ている。

なんだろう。ホームを横から撮影しているカメラでは、角度がないせいで下の線路は見えない。

ただ、直前に通過した電車のことを考えると、なにが起こったのか分かった気がする。

カメラがホームの先端に向かって近づこうとした時、「ちょっと」という乱暴な声がして、何かがレンズを遮った。

一瞬見えた制服の裾から、どうやら駅員に撮影を止められたのだと推測される。

暗くなった画面の向こうから、怒鳴り声と何かを指示する声が入り混じって聞こえてくる。

そしてふいにブツンと再生が終わり、砂嵐が始まった。

俺は今目の前で起こったことを冷静に整理しようとする。

ビデオの内容が変わっている。それも大きく。

どうしてそんなことが起こるのか考える。怖がるのはその後だ。

黙って画面を見つめている俺の前で砂嵐は続いている。

暗い部屋で砂嵐を見つめ続けていると変な気分になってくる。

放射状の光に顔を照らし出されると、なんだかその下の身体の存在が希薄になって行くようだ。

暗闇に自分の顔だけが浮かんでいるような気がする。

なにかをしようという気があったか分からないが、ほとんど無意識に人差し指がビデオデッキに向いた時、俺は気づいた。

巻き戻しだ。巻き戻しをしていない。この前の再生が終わり、砂嵐が始まったので停止ボタンを押した。

その後、俺は巻き戻しをするのを忘れたまま再生ボタンを押したのだ。

そして、砂嵐の続きから始まったビデオは、また白い仮面の男の一人劇を映し出し、さっきの電車が通り抜けた後のシーンで終わったのだ。

別の映像だったということか。

俺は興奮して、すぐに巻き戻しボタンを押す。

再生中の巻き戻しは、画面が映ったままクルクルとめまぐるしく動く。

砂嵐が終わって、電車が左から右へ戻って行き、仮面の男がホームに向かってブツブツと何かを喋っている場面の後で砂嵐に戻る。

そしてまたホームの光景が映し出されたのだ。

白い仮面の男が映るだけのつまらない映像がまた途絶え砂嵐に戻り、やがてガツンとぶつかるような音がして、画面に緑色の『停止』の文字が浮かんだ。

整理する。

このビデオテープには、砂嵐を挟んで二つ目の映像が入っていた。

最初に師匠が早送りした時は、単に早送り時間が足りなかっただけらしい。

そして二つの映像は、同じ時間、同じ場所で撮影されたと思われる。

恐らく、なにかの映像劇のためにリテイクをしていたのだろう。

冒頭からほぼ同じ構図だったけれど、向かいのホームの人の配置など細かな違いがあり、感じた微かな違和感はそのためだったのだろう。

そしてそのテイク2で電車が構内を通ってしまったために、登場人物の仮面の男がカットを要求した直後、なにかの異変が起こった。

恐らくは人身事故だ。

俺はテイク2で電車が画面の端から姿を現す直前で映像を一時停止し、スロー再生のボタンを押した。

クックックッ、と画面はつっかえながら動き、ノイズが混じった汚い映像の中で、俺は向かいのホームの右端にいるコートを着た人物をじっと追っていた。

電車が通り過ぎた後の騒ぎの中で、向かいのホームにそんなコートの人物がいたような気がしないからだ。

息を飲んで見つめている目の前で、コートの人物はゆらりと揺れたかと思うと、ホームの先端から線路に落ちた。

そして、その直後に突っ込んでくる電車。通り過ぎた後の騒ぎ。

やはりだ。コートの人物が轢かれていた。あるいは死んだのかもしれない。

もう一度巻き戻して、同じシーンを通常再生で見てみると、すべてはあまりに一瞬の出来事だったので、初見で見逃しても無理はないということが分かった。

仮面の男もカメラを持っているもう一人の仲間も、電車が通り過ぎてから女性が悲鳴を上げるまで、誰かが線路に落ちたことに気づいていない。

電車通過中のホームの様子からしても、誰も気づかなかったのは確かなようだ。

自殺だろうか。映像を見る限り、周囲に誰かいたようにはない。

事故や誰かに突き落とされたのではないとすると、やはり自殺か、あるいは立ちくらみや発作で転倒したのか。

何度か繰り返して再生していると、すっかり自分が冷静になっていることに気づく。

それもそうだろう。人身事故の瞬間が映ったビデオテープとはいえ、人体が破壊される場面が映っている訳ではない。

間接的に事故があったと分かるだけだ。

それでも気味が悪いのには違いないが、世の中には、そういうグロいシーンがバッチリ映った悪趣味なビデオがあると聞く。

そんなものに比べると物足りないのは確かだ。

五万円。

そんな単語が頭に浮かび、ついで七千円という単語も浮かんだ。

そして、何の気なしに後ろを振り向いた。

その時、その夜で一番血の気が引く瞬間がやってきた。

布団に入っていたはずの師匠が俺の背後にいて、片膝を立てた姿勢で前を凝視していたのだ。

その目は炯炯と輝いている。顔にはうっすらと微笑が浮かんでいる。

視線はビデオの画面に向いていて、その身体はすぐそこにいるのに、同時に遥か遠くにいるような感じがして、声を掛けるのも躊躇われた。

固まったように動けない俺に、ふいに師匠は力を抜くように笑い掛けた。

「面白いな」

「面白くは、ないでしょう」

ようやくそれだけを返した俺は、画面に目を戻す。

砂嵐になっていた。

師匠が手を伸ばし、再生したまま早送りをする。

キュルキュルとノイズが形を変えるけれど、画面はいつまでも砂嵐のままだった。

やがてガツンとテープが止まり、自動的に停止状態での巻き戻しが始まった。

そうか、二つ目があったのだから、三つ目の映像の有無を確認する必要があったのだ。

「死んだと思うか」

師匠が誰に聞くともなしに呟く。あのコートの人物のことだろう。

「たぶん」

轢死体ってやつだ。もしカメラが駅員に止められず線路を撮影していたら、と思うとゾッとする。

「あのオッサンが回してきたブツだ。それだけじゃないな」

師匠はニヤリと笑うと、「じっくり調べてみることにするけど、とりあえずもう寝る」と言って、また布団に横たわった。

俺はそれが大枚をはたいた負け惜しみのように聞こえて、なんだか残念な気分になった。

納得いかない顔でテレビの前に座っている俺に、背中を向けたままの師匠がボソッと言葉を投げてよこす。

「ビデオの中は夏だ」

一瞬なんのことか分からなかったが、そう言われると、仮面の男のシャツや向かいのホームの人々の服装を見る限り、暑い季節であることは確かなようだ。

そうして、わずかなタイムラグの後に、ようやく師匠の言わんとしたことに思い至る。

コートの人物は、まるでそこだけ異なる季節の中にいるかのような格好をしているのだ。

もう一度だけと、電車の通過前のシーンを再生すると、その人物は全身を大きなコートで覆い、その手には手袋をして、目深に被った帽子と白いマスクで、顔まで外気から包み隠していた。

ビデオの荒い映像では全く人相が分からない。男か女かも。

ただ、帽子に隠れて見えないその目が、なぜかカメラの方を向いた気がした。

次の瞬間にその身体はホームから転落し、鉄の塊がそれをなめすように通り過ぎて行った。

ビデオを見た夜は、結局師匠の家に泊まった。

次の日は朝イチの大学の講義をすっぽかし、二限目に出席した後でサークルの部室に転がり込んで、そのままダラダラと過ごした。

何人かで連れ立って学裏の定食屋で晩飯を喰らい、特にすることもないので解散。

俺はその足でコンビニに寄り、賞味期限の切れかけた二十円引きのパンを買って、自分のアパートに帰った。

五本千円で一週間借りているレンタルビデオから、適当に二本ほど取り出して、パンを齧りつつ観ていると、実に平均的な我が一日が終わった。

伸びをして、ああー、とかいう感嘆符が口をつき、それからベッドに倒れ込む。

ぶら下がった電球の紐を横になったまま苦労して掴むと、部屋の中は暗くなる。

そして掛け布団を被って目をつぶる。

奇妙なことが起こったのはその時だ。

閉じられた瞼の裏に、さっきまで明るかった電球の輪郭が映る。

それは取り立てておかしくもない、寝る前のいつもの光景だ。

だが、その電球の輪郭とは少し離れた位置に、もうひとつ別の輪郭が映っていた。

一瞬焼き付いた光が、わずかな視覚情報を脳に届けたあとで、すぐに拡散して消えていく。

目を閉じたままそれをよく見ようとしても、幻のように溶けていってしまう。

瞼を開くと、暗闇の向こうに天井があるだけだ。

紐をつかみ電気をつけてから、もう一度目を閉じてみる。

すると、また電球の輪郭がポッと虚空に浮かび、そして、レントゲン写真のような陰影を残しながら、染み込むように消えていった。

(了)

 

史上最強の都市伝説極 [ 並木伸一郎 ]

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