【厳選】 怪談・都市伝説・怖い話まとめ

ネットで見つけた、都市伝説・怪談・ほんとにあった怖い話・世にも奇妙な物語・心霊系・不思議系・電波系・オカルト系のお話シリーズです♪

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師匠シリーズ 063話 怪物-結-下(2)(3)

      2016/09/13

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063 師匠シリーズ「怪物 『結』下2」

ツー、ツー、という音が右耳にリフレインする。

私は最後に言おうとしていた。電話を切られる前に急いで言おうとしていた。

そのことに愕然とする。

いっしょにきて。

そう言おうとしていたのだ。

頼るもののないこの夜の闇の中を、共に歩く誰かの肩が欲しかった。

受話器をフックに戻し、電話ボックスを出る。

少し離れた所にある街灯が瞬きをし始める。消えかけているのか。私は自転車のハンドルを握る。

行こう。一人でも、夢の続きを知るために。

自転車は加速する。耳の形に沿って風がくるくると回り、複雑な音の中に私を閉じ込める。

振り向いても電話ボックスはもう見えなくなった。

離れて行くに従って、さっきの電話が本当にあった出来事なのか分からなくなる。

何度目かの角を曲がりしばらく進むと、道路の真ん中になにかが置かれていることに気がついた。

速度を緩めて目を凝らすと、それはコーンだった。

工事現場によくある、あの円錐形をしたもの。パイロン、というのだったか。

道路の両側には、民家のコンクリート塀が並んでいる。ずっと遠くまで。

アスファルトの上に、ただ場違いに派手な黄色と黒のコーンがひとつ、ぽつんと置かれているだけだ。

当然、向こうには工事の痕跡すらない。誰かのイタズラだろうか。

その横をすり抜けて、さらに進む。

500メートルほど行くと、また道路の真ん中に三角のシルエットが現れた。またコーンだ。

避けて突っ切ると、今度は10秒ほどで次のコーンが出現する。通り過ぎると、またすぐに次のコーンが……

それは奇妙な光景だった。

人影もなく、誰も通らない深夜の住宅街に、何らかの危険があることを示す物が整然と並んでいるのだ。

だが、行けども行けどもなにもない。ただコーンだけが道に無造作に置かれている。

段々と薄気味悪くなって来た。あまり考えないようにして、ホイールの回転だけに意識を集中しようとする。

だが、その背の高いシルエットを見たときには、心構えがなかった分、全身に衝撃が走った。

今度はコーンではない。細くて長く、頭の部分が丸い。

道でよく見るものだが、それが真夜中の道路の真ん中にある光景は、まるでこの世のものではないような違和感があった。

『進入禁止』を表す道路標識が、そのコンクリートの土台ごと引っこ抜かれて、道路の上に置かれているのだ。

周囲を見回しても、元あったと思しき穴は見つからない。いったい誰が、そしてどこから運んで来たというのか。

ゾクゾクする肩を押さえながら、『進入禁止』されているその向こう側へ通り抜ける。

これもポルターガイスト現象なのか?

しかし、これまでに起きた怪現象たちとは、明らかにその性質が異なっている気がする。

石の雨や電信柱や並木が引き抜かれた事件、中身をぶちまけられる本棚やビルの奇妙な停電などは、“意図”のようなものを感じさせない、ある意味、純粋なイタズラのような印象を受けたが、この道に置かれたコーンや道路標識は、その統一された意味といい、執拗さといい、何者かの“意図”がほのかに見えるのである。

く・る・な

その3音を、私は頭の中で再生する。

ポルターガイスト現象の現れ方が変わった。それが何故なのか分からない。

現れ方が変わったと言うよりも、『ステージが上った』と言うべきなのか。

これでは、RSPK、反復性偶発性念力などという代物ではない。もっと恐ろしいなにか……

私は吐く息に力を込める。目は前方を強く見据える。怖気づいてはいけない。

ビュンビュンと景色は過ぎ去り、放課後に訪れたオレンジの円の中心地である住宅街へ到着する。

結局、道路標識はあれ以降出現しなかった。言わば最後の警告だった訳か。

私は夜空を仰ぎ、月の光に照らされたビルの影を探す。

この街で一番高い影だ。

そして、月がそのビルに半分隠れるような視点を求めて、息を殺しながら自転車をゆっくりと進める。

動くものは誰もいない。ほとんどの家が寝静まって、明かりも漏れていない。

様々な形の屋根が黒々とした威容を四方に広げている。

やがて私は、背の低い垣根の前に行き着いた。街にぽっかりと開いた穴のような空間。

向こうには銀色の街灯が見える。遮蔽物のない場所を選んで通るのか、風が強くなった気がする。

公園だ。

私は胸の中に渦巻き始めた言いようのない予感とともに、自転車を入り口にとめ、スタンドを下ろしてから、公園の中に足を踏み入れた。

靴を柔らかく押し返す土の感触。銀色の光に暗く浮かび上がる遊具たち。

見上げても月はビルに隠れていない。ここではない。

けれど今、私の視線の先には、街灯の下に立つ二つの人影があるのだ。

ごくりと口の中のわずかな水分を飲み込む。

人影たちも近づいて行く私に明らかに気づいていた。

こちらを見つめている複数の視線を確かに感じる。

風が耳元に唸りを上げて通り過ぎた。

「また来たよ」

影の一つが口を開いた。

「どうなってるんだ」

ようやくその姿形が見えて来た。眼鏡を掛けた男だ。白いシャツにスラックス。

ネクタイこそしていないが、サラリーマンのような風貌だった。

神経質そうなその顔は、三十歳くらいだろうか。

「こんな時間に、こんな場所に来るんだから、私たちと同じなんでしょうね」

声は若いが、外見は50過ぎのおばさんだった。

地味なカーキ色の上着に、スカート。小太りの体型は、不思議と私の心を和ませた。

「あの、あなたたちは、なにを……」

そこまで言って言葉に詰まる。

「だから、言ってるでしょ。同じだって。あんたも見たんだろ、アノ夢を」

真横から聞こえたその声に驚いて、顔をそちらに向ける。

小さな鉄柵の向こうにブランコがひとつだけあり、そこにもう一人の人物が腰掛けていた。

キィキィと鎖を軋ませながら、足で身体を前後に揺すっている。

「あんた、高校生?」

馬鹿にしたような言葉がその口から発せられる。

目深にキャップを被っているが、若い女性であることは声と服装で分かる。

太腿が出たホットパンツにTシャツという涼しげな格好。あまり上品なようには見えない。

「ま、ここまでたどり着いたってことは、タダモノじゃない訳だ」

意味深に笑う。

私の体内の血液が徐々に加熱されていく。

同じなのだ。この人たちは。私と。

彼らは街で起こった怪奇現象と母親殺しの夢の秘密を解いて、ここに集った人間たちなのだ。

得体の知れない不吉さと不安感に駆られて動き回った数日間が、絶対的に個人的な体験だったはずの数日間が、並行する複数の人間の体験と重なっていたということに、歓喜と寒気と、そして昂揚を覚えていた。

「あなた、さっきの夢は、どこまで?」

おばさんがこちらを向いて聞いてきた。私はありのままに話す。

「やっぱり」

少し残念そう。

「みんな同じ所までで目が覚めてるのね」

「も、もういいよ。ここでいつまでも話してたって、しょうがないだろ」

眼鏡の男が手を広げて大げさに振った。

「でもねぇ、これ以上はどうやっても探せないのよね」

おばさんが頬に手のひらを当てる。

「あんな月とビルの位置だけじゃ、ある程度にしか場所を絞れないし、時間経っちゃったから、余計に分かんないのよね」

「こうしてたって、余計分かんなくなるだけじゃないか」

「そうよねえ。取り合えず、近くまで行けばなにか分かるんじゃないか、と思ったんだけど……」

そんな言い合いを聞きながら、私の脳裏には、先週の漢文の授業で先生が教えてくれた、『シップウにケイソウを知る』という言葉が浮かび上がっていた。

確か、強い風が吹いて初めて風に負けない強い草が見分けられるように、世が乱れて初めて能力のある人間が頭角を現す、というような意味だったはずだ。

昼間には無数の人々が行き来するこの街で、誰もかれも、自分たちのささやかな常識の中で呼吸をしながら暮らしている。

それが例え、日陰を選んで歩く犯罪者であったとしても。

けれど、そんな街でも、こうして夜になれば、常識の殻を破り、この世のことわりの裏側をすり抜ける、奇妙な人間たちが蠢き出す。

普段はお互いに道ですれ違っても気づかない。それぞれがそれぞれの個人的な世界を生きている。

それが今はこうして同じ秘密を求めてここにいるのだ。

のっぺりとした匿名の仮面を外して。

私はそのことに言い知れない胸の高鳴りを覚えていた。

「四人もいたら、なにか良い知恵が浮かんできそうなものなのにね」

おばさんがため息をつく。

キャップ女が鼻で笑うように、「四人だって?五人だろ」と指をさした。

みんながそちらを見る。大きな銀杏の木がひとつだけ街灯のそばに立ってる。

その木の幹の裏に隠れるように、白い小さな顔がこちらを覗いていた。

私はそれが生きている人間に思えなくて、髪の毛が逆立つようなショックがあった。

けれどその顔が驚きの表情を浮かべ、恥ずかしそうに木の裏に隠れたのを見て、おや?と思う。

「え?あら。女の子?」

おばさんが甲高い声を上げる。

「お、おいおい。いつからいたんだ。全然気づかなかったぞ」と眼鏡の男が呟いて、額の汗をハンカチで拭う。

「ねぇ、あなた近所の子?こんな遅くに外に出て、だめじゃないの」

おばさんが優しい声で呼び掛けると、顔を半分だけ出した。十歳くらいだろうか。

「あら、この子、外人さんの子どもかしら」

言われて良く見ると、眼球が青く光っている。街灯の光の加減ではないようだ。

「帰った方がいい。ここは危ない」

眼鏡の男が早口でそう言い、近寄ろうとする。女の子はまた木の裏側に隠れた。

男が腕を前に伸ばしながら回り込もうとする。すると、その子はその動きに沿ってぐるぐると反対側に回る。

「あれ、なんだこいつ。なに逃げてんだよ、おい」

眼鏡の男が苛立った声を上げるのを、ブランコに揺られながらキャップ女がせせら笑う。

「あんたロリコン?」

「うるさい」

「ちょっと、やめなさいよ。怯えてるじゃないの」

おばさんが男をなだめる。

「大したものだな、この子。この歳で、あたしたちと同じモノ見てるんだよ」

キャップ女の口の端が上る。

そんなバカな。こんな小さな子どもが私と同じことを考えて、ここまでやって来たというのだろうか。

そう思ったとき、私の耳がある異変をとらえた。

「し」と誰かが短く言う。

息を呑む私たちの耳に、鳥の鳴き声のようなものが聞こえて来た。

ギャアギャアギャア………

カラスだ。

私はとっさにそう思った。公園の中じゃない。

全員が身構える。

鳴き声は次第に小さくなり、やがて聞こえなくなった。

ブランコが錆びた音を立てて、キャップ女が降りて来る。

「なんて言ったと思う?」

誰にともなく、そう問い掛ける。

「警戒せよ、だ」

彼女は私の顔を見てそう言った。なぜかデジャヴのようなものを感じた。

足音を殺して、全員が公園の出口に向かう。行動に転じるのが早い。躊躇わない。

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063 師匠シリーズ「怪物 『結』下3」

私も深呼吸をしてからそれに続く。

公園の敷地を出てからすぐに、アスファルトを擦る靴の音がやけに大きく響くことに気づく。

眼鏡の男の革靴だ。みんな足音を殺しているのに。

複数の睨むような視線に気づきもしない様子で、彼は先頭を切って公園に面した道路を右方向へと進む。

月の光に照らされる誰もいない夜の道を、五つの影が走り抜ける。五つ?

振り向くと、小さな少女が厚手の服をヒラヒラさせながら、少し離れてついて来ている。

青い眼が、月光に濡れたように妖しく輝いて見える。

あれも肉体を持った人間なのだろうか。なんだかこの夜の街ではすべてが戯画のように思える。

そして、これからなにかもっと恐ろしいものを見てしまうような気がして、足を止めたくなる。

それは、昼と地続きの夜を生きる人にはけっして見えないもの。

引き抜かれた道路標識などとはまた違う、自分の中の良識を一部、確実に訂正しなくてはならないような、そんなものを。

私はいつのまにか、現実と瓜二つの異界に紛れ込んでいるのではないだろうか。

慎重に足を動かしながらそんなことを考える。

細長い緑地が住宅地の区画を分けていて、その一段高い舗装レンガの歩道の上に大きな木が枝を四方に張っていた。

生い茂る葉が月を覆い隠し、その真下に出来た闇に紛れるように、小動物の蠢く影が見えた。

立ち止まる私たちの目の前で、ギャアギャアという不快な声を上げ、その影がふたつ飛び立った。

カラスだ。2羽は鈍重な翼を振り乱して、あっというまに夜の空へ消えて行く。

私たちは息を潜めて、カラスたちがいた場所を覗き込む。暗がりにそれはいる。

ああ。やはりこちらが夢なのかも知れない。私の知っている世界では、こんなことは起きない。

「エエエエエエエ……」

弱弱しい声を搾り出すようにして、身を捩じらせる。

それはまるで、巣から落ちてしまったカラスの雛のように見えた。

さっきの2羽が、心配して覗き込んでいた両親だろう。

けれど、あの悲鳴のような鳴き声は、我が子を案じる親のそれではなかった。

警戒せよ。警戒せよ。この異物を警戒せよ。

そう言っていたような気がする。

「エエエエエエエ……」

そんな力ない呻きが、ありえないほど小さな人間の顔から漏れる。

赤ん坊のようなその顔の下には、薄汚れた羽毛に包まれたカラスの雛の胴体がくっ付いている。

それは、生きていること自体が耐えられない苦痛であるかのように、小さな身体をくねらせてレンガの上を這いずっている。

それを見下ろしている誰もが息を呑み、動けないでいた。

掠れながら呻き声は続く。

私の知るそれよりはるかに小さい赤ん坊の顔は、閉じられた目から涙を流しながら、クシャクシャと歪んで小刻みに震えている。

やがてその呻き声が少しずつ変調し、聞こえる部分と聞こえない部分が生まれ始める。

「こ、これは、おい、なんだ、これは……」

眼鏡の男が口を押さえて震えている。

「黙りなさい」

その隣でおばさんが短く、しかし強い口調で言う。

風が吹いて頭上の葉がざわめいた。声が聞こえなくなり、私たちは自然と顔を近づける。

「…………か…………い…………に……………」

赤ん坊の頭部を持つそれは、呻きながら同じ言葉を繰り返し始めた。

なんと言っている?耳を澄ますけれど、目に見えない誰かの手がその耳を塞ごうとしている。

いや、その手は、私の中の危険を察知する敏感な部分から伸びているのかも知れない。

でももう遅い。聞こえる。

か・わ・い・そ・う・に

そう言っているのが聞こえる。

涙を流し、苦痛に身を悶えさせながら、それは「かわいそうに、かわいそうに」という言葉を繰り返しているのだ。

「くだん、だ」

眼鏡の男が呆然として呟いた。

くだん?くだんというのは確か、人の顔と牛の身体を持つ化け物のことだ。

生まれてすぐに災いに関する予言を残して死んでしまう、という話を聞いたことがある。

人の頭部と動物の胴体を持っている部分だけしか合っていない。

そう言えば最近、身体が2種類以上の動物で構成された化け物のことを考えたことがあるな。

あれはなんのことだったか。はるか昔のことのように思える。

そうだ。あれは間崎京子の謎掛けだ。共通点はなに?化け物を生んだのは誰?思考がぐるぐると回る。

「なにか来る!」

キャップ女の鋭い声に振り向くと、黒い塊がこちらに向かって飛び込んで来た。

一番後ろで屈んでいた青い眼の少女が弾けるようにそれを避け、勢い余って尻餅をつく。

私を含む他の四人も瞬時に身体を反転させて、その体当たりから身をかわす。

黒い塊は荒い息遣いを撒き散らしながら歯茎を見せて、私たちを威嚇するように唸り声を上げる。

犬だ。首輪もしていない。野犬だ。

目は血走って、焦点が合っていないように見える。

地面に手をついていた私は、すぐに立ち上がり犬から離れる。

他の人たちも、後ずさりしながら木の下から遠ざかる。

おばさんが、尻餅をついたまま動けないでいる少女を抱き起こしながら、慌てて逃げ出す。

犬は離れていく人間には興味を示さずに、舌を垂らしながら木の根元の暗がりへ首を伸ばした。

そして、ぐるるるる、という唸り声と、肉が咀嚼される気持ちの悪い音が聞こえて来る。
「く、喰ってる」

10メートル以上離れた場所から、腰の引けた状態の眼鏡の男が絶句する。

もうその木の下からは人の声は聞こえない。

ただ、肉と骨が噛み砕かれる音だけが、夜陰に篭ったように響いているだけだ。

私はどうしようもなく気分が悪くなり、そちらを正視できないほどの悪寒に全身が震え始めた。

遠巻きにそれを眺めることしか出来ない私たちが、動きを止めているその前で、徐々に犬の立てる物音が小さくなり、やがて湿り気のある呼吸音だけになる。

空腹を収めることが出来たのか、犬は始めとは全く違う緩慢な動きで舌を這わせ、口の周りを舐め始める。

見えた訳ではない。犬は向こうを向いたままだ。

ただ、そういうイメージを抱かせる音が、ピチャピチャと聞こえている。

そして、ひとしきり肉食の余韻を味わった後、犬は一声鳴いて、木の幹を回り込むようにして闇に消えていった。

その最後に鳴いた声は気味の悪い声色で、耳にこびり付いたようにいつまでも離れない。

かわいそうに。と、私の耳には確かにそう聞こえた。

犬の影が見えなくなると、住宅街の中の緑地は静けさを取り戻す。

「なんだったの」

おばさんが少女の手を取ったまま声を絞り出し、眼鏡の男が恐る恐る木の根元に近づいていく。

「喰われてる」

そんな言葉に私も首を伸ばすが、そこには黒い血の染みと、散らばった羽毛しか残ってはいなかった。

「畸形、だったのか?」

自問するように眼鏡の男が口走る。

それを受けてキャップ女が、「なわけないだろ」と嘲る。

私もそう思う。畸形だろうがなんだろうが、自然界があんな冒涜的な存在を許すとは思えなかった。ならば………

「幻覚?」

私の言葉に全員の視線が集まる。

「でも、みんな同じものを見たんだろ。その……くだんみたいなやつを」

「ちょっと待て。あんただけ牛を見たのかよ」

キャップ女が突っかかる。

「ち、違う。じゃあなんて言うんだよ、ああいう人間の顔したやつを」

「そう言えば、人面犬ってのが昔いたねぇ」と、おばさんが少しずれたことを言う。

「くだんなら、予言をするんだろ。戦争とか、疫病とかを」

キャップ女が両手を広げてみせる。

「言ってたじゃないか」

「かわいそうに、が予言か?いったい誰がかわいそうだっていうんだ」

その言葉に、言った本人も含め、全員が緊張するのが分かった。

ざわざわと葉が揺れる。

そうだ。かわいそうなのは、誰だ?

脳裏に何度も夢で見た光景が圧縮されて早回しのように再生される。

この場所に来た理由を忘れるところだった。

とっさに空を見る。月は雲に隠れることもなく輝いている。

月の位置。そして一番背の高いビルの位置。

近い。と思う。

「月は、どっちからどっちへ動く?」と、眼鏡の男が周囲に投げ掛ける。

「太陽と同じだろ。あっちからこっちだ」と、キャップ女が指でアーチを作る。

「あ、でも、一時間に何度動くんだっけ?忘れたな。あんた現役だろ?」

いきなり振られて動揺したが、「たぶん15度」と答える。

「一時間、ちょい過ぎくらいか、今」

そう言いながら、眼鏡の男が指で輪ッかを作って月を覗き込む。

「15度って、どんくらいだ」

輪ッかを目に当てたまま呟くが、誰も返事をしなかった。

「でもたぶん、近いわね」と、おばさんが真剣な表情で言う。

「手分けして、虱潰しに探すか」

眼鏡の男の提案に、賛同の声は上がらなかった。

やがて「こんな時間に一般人を叩き起こして回ったら、警察呼ばれるな」と、自己解決したように溜息をつく。

暫し気分的にも空間的にも停滞の時間が訪れた。

キャップ女とおばさんが小声でなにかを話し合っている。

眼鏡の男はぶつぶつと独りごとを言っていたが、木の幹に隠れるように寄り添っていた青い眼の少女に向かって、

「おまえもなんか言えよ」と投げ掛けた。

少女は身構えたようにじっとしたまま瞼をぱちぱちとしている。

私はさっきのフラッシュバックに引っ掛かるものを感じて、もう一度夢の光景を思い出そうとする。

それは些細なことのようで、また同時に、とても重要な意味を持っているような気がする。

どこだ?揺らめく記憶の海に顔を漬ける。

刃物の感触?違う。ロックが外れる音。チェーンを外すための背伸び。叩かれるドア。違う。まだ、その前だ。

足音。その足音を、母親のものだと知っている。足音は下から登ってくる……
ハッと顔を上げた。

確かに足音は下の方から聞こえて来た。何故それをもっと深く考えなかったのか。

二階以上だ。二階以上の場所に玄関があるということは、集合住宅。マンションか、アパートか。

私は夜の中へ駆け出した。他の人たちの驚いた顔を背中に残して。

考えろ。フラットな場所の足音ではない。登ってくる音だった。

マンションなら、部屋の中から通路の端の階段を登ってくる足音が聞こえるだろうか。端部屋なら可能性はある。

でも例えば、階段が部屋の玄関のすぐ前に配置されているようなアパートならもっと……

私の視線の先にそれは現れた。

比較的古い家が並んでいる一角に、木造の小さな二階建てのアパートがひっそりと佇んでいる。

一階に3部屋、二階にも3部屋。玄関側が道に面している。

ささやかな手すりの向こうに、ドアが六つ平面に並んで見える。

一階から二階へ上がる階段は、一階の右端のドアの前から二階の左端のドアの前へ伸びている。

赤い錆が浮いた安っぽい鉄製の階段だ。登ればカンカンとさぞ騒々しい音を立てることだろう。

立ち尽くす私に、ようやく他の人たちが追いついて来た。

「なんなのよ」「待て、そうか、足音か」「このアパートがそうなのか」「……」

アパートの敷地に入り込み、階段のそばについた黄色い電灯の明かりを頼りに、駐輪場のそばの郵便受けを覗き込む。

上下に三つずつ並んだ銀色の箱には、101から203の数字が殴り書きされている。名前は書かれていない。

そして101と201、そして203の箱には、チラシの類が溢れんばかりに詰め込まれている。

綺麗に片付けられた番号の部屋には、現在まともに住んでいる入居者がいるということだろう。

二階で綺麗なのは202だけだ。

道理で母親の足音だと分かったはずだ。階段を登ってくるものは他にいないのだろう。

同じようにその意味を理解したらしい人たちの息を呑む気配が伝わって来る。

階段を見上げながらそちらに歩こうとすると、いきなり猫の鳴き声が響いた。

見ると、青い眼の少女の前から1匹の汚らしい猫が逃げて行くところだった。

敷地の隅に設置されたゴミ置き場らしきスペースだ。黒いビニール袋やダンボールが重ねられている。

青い眼の少女は、猫の去ったゴミ置き場から目を逸らさずにじっとしていた。

その異様な気配に気づいた私もそちらに足を向ける。

じっとりと汗が滲み始める。さっき走ったせいばかりではない。暗い予感に空間がグニャグニャと歪む。

私の鼻は微かな臭気を感知していた。肉の匂い。腐っていく匂い。

ゴミ置き場が近くなったり遠ざかったりする。雑草が足に絡まって前に進まない。

どこからともなく荒い息遣い。そしてその中に混じって、かわいそうに、かわいそうに、という声が聞こえる。

幻聴だ。雑草も丈が短い。ゴミ置き場も動いたりなんかしない。

理性が障害をひとつひとつと追い払っていく。

けれど、臭気だけは依然としてあった。

ひときわ中身の詰まった黒いゴミ袋が、スペースの真ん中に捨てられている。

2重、いや、3重にでもされているのか、やけにごわごわしている。

誰もが息を殺してそれを見つめている。肩が触れないギリギリの距離で皆が並んでいる。

胸に杭が断続的に打ち込まれているような感じ。手をそこに当てる。見たくない。

(了)

 

山怪 山人が語る不思議な話 [ 田中 康弘 ]

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