師匠シリーズ 056話~057話 トイレ・古い家(1)
2021/06/03
056 師匠シリーズ「トイレ」
大学一回生の春だった。
休日に僕は一人で街に出て、デパートで一人暮らしに必要なこまごまとしたものを買った。
レジを済ませてから、本屋にでも寄って帰ろうかなと思いつつトイレを探す。
天井から吊り下がった男と女のマークを頼りにフロアをうろつき、ようやく隅の方に最後の矢印を見つけた。
角を曲がると、のっぺりした壁に囲まれた通路があり、さらに途中で何度か道が折れて、結局トイレルームに至るまでには、人の気配はまったくなくなっていた。
ざわざわとした独特の喧騒がどこか遠くへ行ってしまい、自分の足音がやけに大きく響いた。
ふと、師匠から聞いた話を思い出す。
『あのデパートの四階のトイレ、出るぜ』
オカルト道の師匠の言うことだ。もちろんゴキブリやなにかのことではないだろう。
僕はここが四階のフロアだったことを記憶で確認し、「よし、ちょうどいい。確かめてやろう」と思う。
確か師匠はこう続けたはずだ。
『四階の身障者用のトイレでな、自分以外誰もいないはずなのに近くで声が聞こえるんだ。
その声は小さくて、何を言っているのかとても聞き取れない。キョロキョロしたって駄目だ。
小さい音を聞くために、どうしたらいいか、えるんだ』
ドキドキしてきた。
通路を進むと、男性用と女性用のマークがはめ込まれている壁の手前に、車椅子のマークのドアがあった。
身体障害者用の個室だ。
入るのは初めてだった。
クリーム色の取っ手を横に引くと、ドアは大した力もいらずにスムーズに滑った。
パッと明かりがつく。自動センサーのようだ。内側に入り、ドアから手を離すと自然に閉まっていった。
中は思ったより広い。普通のトイレの個室とはかなり違う。
入り口から正面に洋式の便座があり、右手側には洗面台がある。
その洗面台の上部に取り付けられている鏡を見て少し違和感を覚える。
鏡の真正面に立っているのに自分の顔が見えない。胸元が見えているだけだ。
よく見ると鏡は前のめりに傾けられていた。
なるほど、車椅子の人が使うことを想定して、低い位置から正対できるようになっているらしい。
顔の見えない鏡の中の自分と向かい合っていると、まるで鏡に映っているのが見知らぬ誰かであるような気がして気持ちが悪かった。
僕は鏡から目を逸らし便座に近づく。
手すりが壁に取り付けられ、壁から遠い側には床から丈夫そうなパイプが伸びている。
グッと体重をかけて、手すりとパイプを両手で掴みながら体を反転させる。
ストン、と便座に腰を落とす。
静かだ。換気扇の回る振動だけが伝わってくる。
心霊スポットだからって、いつもいつも『出る』わけでもないだろう。
ましてこんなに明々とした個室で、しかも昼間っからだ。
残念に思いながらも少しホッとした僕は、ついでだからとズボンを下ろし、用を足した。
水を流すボタンはどれだ?
壁側を探ると赤いボタンが目に付いた。あやうく押すところで思いとどまる。
『緊急呼出』
そんな文字が書いてあった。
危ない。緊急時の呼び出しボタンらしい。
紛らわしい所に置くなよと文句を言いそうになるが、少し考えて合点がいく。
体調急変時のボタンなのだから、手が届くところで、かつ目立つ場所にないといけないのだろう。
『洗浄』のボタンをその近くに見つけて、押し込む。
ザーッという水が流れる音がして、そしてまた静かな時間が戻ってくる。
が……
立ち上がろうとした瞬間、僕の耳はなにかの異変を捉らえた。
……ボソ……ボソ……ボソ……
何か小さな声が聞こえる。
瞬間に空気が変わる。重くねっとりした空気に。
僕は頭を動かさず、目だけで室内を見回す。
天井、照明、換気扇、ドア、洗面台、鏡、壁、手すり、床。
なにも変化はない。音は目には見えない。
ボソ、ボソ、という誰かが囁く様な音は続いている。
ここから逃げたい。
けれど、足が竦んでいる。
そして、足が竦んでいること以上に、僕はその声の正体を知りたかった。
『キョロキョロしたって駄目だ』
師匠の言葉が脳裏を掠める。
僕は考える。誰かの口が動いているイメージ。イヤホンから何かが聞こえるイメージ。
ラジオのスピーカーの無数の穴からそれが聞こえるイメージ。
そうだ。音はいつも『穴』から聞こえてくる。
僕は視線を床に落とした。
タイルの真ん中に排水溝の銀色の蓋が嵌っている。
便座から立ち上がり、屈んでその排水溝を覗き込む。中は暗い。照明を遮る僕自身の影の下で何も見えない。
……ボソ……ボソ……ボソ………
囁き声はこの下から聞こえてくる。
僕はタイルに手をついて、排水溝に耳をつけた。正面の白い無地の壁を見ながら、心は真下に向けて耳を澄ます。
…………ボソ…………ボソ……………
遠い。聞き取れない。さっきよりももっと遠い。
何も聞き取れないままやがて音は消えた。
僕は身を起こし、その場にしゃがみ込む。
なんだ?
何事も起きないまま怪異は去った。
いや、そもそも怪異だったのかすらよく分からない。ただ小さな声、いや、音が聞こえたというだけだ。
その時、僕の頭にある閃きが走った。
もう一度『洗浄』のボタンを押す。水が流れる音がして、やがてその一連の音も収まる。そして聞こえてきた。
……ボソ……ボソ……ボソ……
もう一度排水溝に耳をつける。
今度は空気の流れを耳の奥にはっきりと感じる。
どういう仕組みかわからないが、便座洗浄をするための水が流れると、振動だか水圧だかのせいで、排水溝からこんな音が聞こえてくるのだ。
くだらない。
肩の力が抜けた。
師匠もこんな単純なオチに気づかないなんて大したことないな。
そんなことを考えていると、笑いが込み上げてくる。
このトイレの話をした時の、彼の真剣な顔が道化じみて思い出される。
そういえば、最後に変なことを言ってたな。確か……
『利き耳はだめだ。利き耳は、現実の音を聞くために進化した耳だからだ。
いつだって、この世のものではない音を聞くのは、反対側の耳さ』
バカバカしい。
師匠のハッタリもヤキが回ったってものだ。
僕は薄笑いを浮かべながら左の耳たぶを触る。
今まで確かになんの意識もせずに右の耳を排水溝に近づけていた。
考えたことはなかったが、右が僕の利き耳だったのだろう。
だけど左で聞いたからってどうなるっていうんだ?
師匠を馬鹿にしたい気持ちで、僕はもう一度床のタイルに両手をついた。
さっきと同じ格好だ。入り口のドア側から体を倒して床に這いつくばっている。
排水溝は個室の真ん中にある。奥側は便座がある分、這いつくばるようなスペースがないからだ。
スッと左の耳を床に向けた時、得体の知れない悪寒が背筋を走りぬけた。
何だろう。タイルについた膝が震える。
だけど止まらない。僕の頭は排水溝の銀色の蓋に近づき、その穴に左の耳がぴったりとくっついた。
さっきとは違う。右と左では明らかな違いがある。どうしてこんなことに気がつかなかったのか。
心臓は痛いくらい収縮して、針のような寒気を全身に張り巡らせていく。
今、僕の目の前には壁がない。右耳を排水溝にくっつけた時にはあった、あの白い無機質な壁が、今はない。
左耳で聞こうとしている僕の目の前には今、洗面台の基部と床との間にできたわずかな隙間がある。
モップさえ入りそうもないその隙間の奥、光の届かない暗闇から、誰かの瞳が覗いている。
暗く輝く眼球が、確かにこちらを見ている。
……ボソ……ボソ……ボソ……
左耳が囁きを捉える。地面の奥底から這い上がってくるような声を。
僕はその小さな声が言葉を結ぶ前に跳ね起きてドアを開け、外に転がり出た。
ドアから出る瞬間、視線の端に洗面台の鏡が見えた。顔のない僕。あれは本当に僕なのか。
振り返りもせずに駆け出す。角を何度か曲がる。
フロアに出た時、騒々しいデパート特有の様々な音が耳に飛び込んで来た。
冷たい汗が胸元に滑り込んでいく。今見たものが脳裏に焼きついて離れない。
僕は壁際のベンチの横で、寒気のする安堵を覚えていた。
たぶん、床の隙間のあの眼を見てしまった後、あの個室から逃げ出すまでの間に、一瞬でも『このドアは開かないんじゃないか』と思ってしまっていたら、きっとあのドアは開かなかったんじゃないかという、薄気味の悪い想像。
そんな想像が沸いてくるのを止められなかった。
057 師匠シリーズ「古い家1」
聞いた話である。
「面白い話を仕入れたよ」
師匠は声を顰めてそう言った。
僕のオカルト道の師匠だ。面白い話などというものは、額面どおり受け取ってはならない。
「県境の町に、古い商家の跡があってね。廃墟同然だけど、まだ建物は残ってるんだ。
誰が所有してるのかわからないけど、取り壊しもせずに放置されてる。
誰も住んでいないはずのその家から、夜中、この世のものとは思えない呻き声が聞こえるっていう噂が立ってね。
怖がって地元の人は誰も近寄らない。どう、興味ある?」
大学二回生の夏だった。
興味があるのないのというハナシではない。ただその時の僕は、『ああ、今回は遠出か』と思っただけだ。
その夏は一年前の夏と同様に、いやそれ以上に、怖いもの、恐ろしいものにむやみやたらと近づく毎日だった。
その日常は、なだらかに下る斜面の様に狂っていた。
普通の人には触れられない奇怪な世界を垣間見て、恐ろしい思いをするたびに、目に見えない鍵を渡されたような気がした。
その鍵は一体どんな扉を開けるものなのかも分からない。
使うべき時も分からないまま、鍵だけが溜まっていった。
僕はそれを持て余して、ひたすら街を、山を、森を、道を、そして人の作った暗闇をうろついた。
その日々は、頭のどこか大事な部分を麻痺させて、正常と異常の境をあいまいにする。
どこか現実感のない、まるで水槽の中にいるような夏だった。
ゴトゴトと軽四の助手席で揺られ、僕は窓の向こうの景色を見ていた。
師匠の家を夕方に出発したのであるが、今はすっかり日が暮れ、そそり立つ山々が黒い巨人のような影となって、不気味な連なりを見せている。
最後にコンビニを見てからどれくらいだろうか。
寂れた田舎の道は曲がりくねり、山あいの畑の向こう側に時々民家の明かりが見えるだけで、あとは思い出したように現れる心細い街灯の光ばかりだ。
カーステレオはさっきから稲川順二の怪談話ばかりを囁いている。
時々師匠がクスリと笑う。僕はその横顔を見る。
ハンドルを握ったまま、ふいに師匠がこちらを向いて言った。
「こないだ、くだんを見たよ」
「え?」と聞き返したが、彼女は繰り返してくれなかった。
代わりにぷいと視線を逸らして、「やっぱ鈍感なやつには教えない」と言った。
なんだか釈然としない思いだけが残ったが、師匠の言動は解釈がつくものばかりではない。
気がつくと道が広くなり、山が少し遠くへ退いて見える。
道の傍の防災柱が目に入ると、時を置かずに農協の看板が現れた。
ポツリポツリと民家や小さな公共施設が見え始める。
「この辺に停めよう」と言って、師匠は土建会社の資材置き場のようなスペースに車を乗り入れて、エンジンを切った。
人気はまったくない。師匠はダッシュボードから懐中電灯を取り出して、手元を照らす。手描きの地図のようだ。
「こっち」
バタンとドアを閉めながら師匠は歩き出した。僕は後ろをついていく。
死んだように静まりかえる古い田舎町の中を進むあいだ、動くものの影すら見なかった。
懐中電灯に照らし出された道には、時々なにかの標語が書かれた看板が見え、どこか遠くでギャアギャアと鳴く鳥の声ばかりが、間を持たせるように聞こえて来る。
腕時計を見ると、まだ深夜十二時にもなっていない。
ここでは、僕らが知るそれよりも夜が長いのだと感じた。
『こうも寂しいと、逆に人とすれ違うのが怖いな』と思って内心ゾクゾクしていたが、誰とも会わなかった。
かすかに聞こえてきた蛙の鳴き声が大きくなり、やがて用水路のそばの畦道に行き当たった。
そこを道なりに進んでいくと黄色い街灯がポツリと立っていて、その向こうに暗い建物の影が見えた。
「あれかな」
師匠が懐中電灯を向ける。近づくにつれ、その打ち捨てられた家屋の様子が分かってくる。
一体どれほど昔からここに建っているのか。
背後の雑木林もまったく手入れがされた様子はなく、黒々とした巨大な手のようにその家の敷地へ枝を伸ばしている。
周囲にはかつて家が建っていたらしい土台や、ボロボロで屋根もない小屋などが散見できたが、かつて商家があった一角の面影はまったくない。
この世のものとは思えない呻き声が聞こえる、という噂を思い出し自然耳をそばだてたが、聞こえるのは蛙の鳴き声と風の音だけだった。
段々と心細くなっていた僕は、「何もないみたいだし、もう帰りましょう」と師匠に提案しようとしたが、彼女が自分の目の下のあたりを指で掻いているのを見て口を閉ざした。
そこには古い傷があり、興奮した時には薄っすらと皮膚上に浮かび上がるとともに、チクチクと痛むのだという。
僕にとって彼女がそれを触る時は、あるべき、いや、そうあるはずだと、他愛なく僕らが思い込んでいるこの世界の構造が、捻じ曲がる時なのだ。
ガサガサと生い茂る雑草を掻き分けて、師匠はその家に近づいていく。
やがて、醤油の『醤』という字のような意匠がかすかに残る、家の正面の板張りを懐中電灯が照らす。
かつては醤油問屋だったのかも知れない。
師匠がその板張りをガタガタと揺らすが開きそうになかった。
明かりを上に向けると、二階部分の正面の窓が照らし出される。
格子戸がはめ込まれているそこは、下に足場もなく入り込めそうな感じではない。
と――
その格子のわずかな隙間から、中で何かが動いたような空気の流れが見えた気がした。
目を擦るが、すぐに二階はもとの闇に包まれる。
師匠が明かりを下げて、「どこから入れるかな」と呟きながら、裏手へ回ろうとしていた。
なんだろう。すごく嫌な感じがした。
もう一度耳を澄ます。
やっぱり蛙と風の音だけだ。
回り込むと土塀がぐるりと囲んでいたが、人が通れそうな潜り戸が見つかった。
半分崩れた木戸を押すと、中は丈の長い雑草が群生する空間になっている。
「裏庭か」
師匠がその中へ足を踏み込んでいく。
周辺を懐中電灯で照らすと、倒れた灯篭の火袋や埋められた池の跡、倒壊した土蔵や便所と思しき小屋の痕跡などが、ひんやりと浮かび上がってくる。
雑草を掻き分けて家屋の裏手の方へ足を向けると、いたるところが剥げかけている漆喰の壁に、戸板が厳重に張られた箇所があった。
「裏口か。でも開かないかな、これは」
師匠がゴンゴンと板を叩く。パラパラと木屑が落ちる音がする。
「こっち、縁側がありますよ」
うっすらとした月の光に、かすかに濡れて見える縁側が夜陰に佇んでいる。
しかし、その向こうには、やはり雨戸らしき木の板が一面を覆っている。
ゴトゴトと二人して揺すってみるが、中からつっかえ棒でもしているのだろう、まったく開く気配はなかった。
舌打ちをしながら師匠はそこから離れ、裏庭の端まで行くと、土塀と家の外壁の隙間に身体を滑り込ませて、奥へと侵入していった。
バキバキとなにかを踏み壊すような嫌な音だけが聞こえてくる。
残された僕の辺りに闇が降りて来る。少し心細くなる。
やがて悪態をつきながら師匠がその隙間から戻って来た。
「ぺっ、ぺっ。なんだよこれ。全然入れるトコないじゃん」
「そうですね」
そんな言葉を吐きながら、僕は二階建てのその家屋を見上げた。
どれほどの時間、この構造物はここに建っているのだろう。明治時代から?江戸時代から?
今、人工の無機質な光に照らされる薄汚れた白壁は、滅びた家の物悲しさを纏っているように見えた。
リー、リー、と虫が鳴く。
師匠が「金属バット、持ってくればよかったな」と言った。
嫌な予感がした僕に、間髪要れず容赦のない言葉が降って来る。
「体当たり」
「え?」と聞き返すが、彼女はもう一度それを繰り返しながら、懐中電灯で裏口の戸を示す。
なにか色々と言いたいことがあった気がしたが、すべて僕の中で解決がついてしまい、うな垂れながらも諾々と従うこととした。
最初は軽く肩からぶつかってみたが、ズシンという衝撃が身体の芯に走っただけで、戸は歪みさえしなかった。
「中途半端は余計痛いだけだぞ」という師匠の無責任な発言を背に受けて、僕は覚悟を決めると、今度は十分に勢いをつけて全身でぶつかっていった。
バキッ、という何かが折れる音とともに戸が内側に破れ、僕は勢いあまって中に転がり込む。
その瞬間にカビ臭い匂いが鼻腔に入り込んできて頭がクラクラした。
戸は砕けたというよりは、内鍵の代わりとなる差し板が折れただけのようだ。
ギイギイという音を立てながら反動で揺れている。
僕を引き起こし、師匠は明かりで家の中を照らした。
足元は土間だ。流し台のようなところに甕がいくつか並んでいる。
木製の椅子が積みあげられた一角に、竈の跡らしきものが見える。
そして、足の踏み場もないほど散乱した薪の束。
「おまえ、こういう家詳しいんだろう」
師匠の言葉にかぶりを振る。専門は仏教美術だ。古い商家など守備範囲ではない。
「でもたしかこういうの、通り庭っていうんですよ。それでこっちが座敷で」
と、僕は骨だらけになった障子を指差し、次いで入ってきた裏口と逆の方向の奥を指して、「あっちが店の間ですね」と言った。
「ほう」と言いながら師匠は障子を開け放ち、埃が積もった畳敷きの座敷に足を踏み入れた。もちろん土足だ。
調度品の類はまったくない。ガランとした部屋だった。
ただ腐った畳が、嫌な匂いと埃を舞い立たせているだけだった。
「これ以上進むと、ズボッといきそう」
師匠はその場で壁を照らす。
土気色の壁には、板張りの上座の上部に掛け軸が掛かっていたような痕跡があったが、今は壁土が剥がれて無残な有様だった。
上を見ると、天井の隅に大きな蜘蛛の巣があった。蛾が何匹もかかっている。
「うそっ」と師匠が息を呑む。
信じられないくらい巨大な蜘蛛が、光をよけて梁に身を隠す瞬間が確かに見えた。
気持ち悪い。
人の住まなくなった家屋の中で、虫たちの営みは変わらず続いているのだ。
続きの隣の部屋も似たような様子だった。
次に僕と師匠は、店の間に恐る恐る入り込んだ。
「蜘蛛、いる?」
急に腰が引けた師匠が、暗闇に僕を押し込もうとする。
押した押さないの問答の末、二人して入り口から中を覗き込むと、背の低い陳列台のようなものがいくつかあるだけで、ほとんどなにも残っていなかった。
(了)
気学集成 [ 波里光徳 ]
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