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師匠シリーズ 049話 田舎(中編3-4)

      2021/05/24

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049 師匠シリーズ「田舎 中編3」

ヨソモノヨソモノ。

そんな声が聞こえた気がした。

それも含めて、俺は早くここを立ち去りたかった。

率先してもと来た道へ進んで行き、民家のそばに停めてあった車に乗り込む。

ようやく嫌な感じが収まった。

師匠は上機嫌でエンジンをかけ、ふたたび蛇行する山道を登り始める。

CoCoさんはなにを思ったか京介さんの絆創膏をつっつき、「痛いって」と怒られた。(ほんとうに傷口があるのか確かめた)

助手席に身を沈めながら、後部座席のやりとりにふとそんなことを思う。

ミラーにうつるCoCoさんの表情からは、やはりなにも読み取れなかった。

伯父の家に帰ると、従兄妹のハツコさんが来ていた。伯父夫婦の長女だ。

年が離れていたのであまり印象は残っていないが、今は同じ集落の家に嫁いでいるらしい。

「今日は応援」と言って、小太りの体を機敏に動かしながら、伯母の炊事を手伝っている。

俺たちはというと、夕飯までの時間をそれぞれの部屋で過ごした。

ろくに泳いでいないのに俺はやたら疲れていて、ウトウトしっぱなしだった。

ほどなく茶の間に呼ばれ、大所帯での食事が始まった。

近くの山で採れた山菜をふんだんに使った田舎料理は、実家の母が作るものよりお袋の味がして、なんだか感傷的になる。

俺たち4人と伯父夫婦。ハツコさんとその小さな子ども。そして実にタイミングよく現れたユキオ。

9人で囲む食卓だった。

なにが凄いって、その人数で囲めるちゃぶ台があることだ。

「いまはもう、こんなでっかいのがいる時代じゃないけんどのう」と伯父は苦笑した。

この家にはあと一人、ジッサンと呼ばれるお爺さんがいるのだが、寝たきりに近いらしく食卓には出てこない。

ジッサンと言っても俺の祖父にあたる人ではなく、祖母の兄らしい。

らしいというのは、会ったことがないからだ。身寄りがなくなっていたところをこの家で引き取ったそうだ。

俺の足が遠のいてからのことだった。

「にゃあにゃあ」

ユキオがひそひそと口を寄せて来る。

「どっちが彼女なが」

これには彼なりの期待も含まれているのだろう。京介さんCoCoさんも、一般的には美人の部類に入るだろうから。

「どっちも違う」

そう言うと喜ぶかと思いきや残念そうな様子で、「両方あの兄さんのか」と溜息をつくのだ。

「片方だけ」と言ってやると、「ふーん」と鼻で返事をしながら、肉系ばかりを箸でかき集めていった。

その時、家の外に犬の遠吠えが響いた。

「あ、リュウの晩御飯忘れちょった」

そう言って伯母が腰をあげようとすると、ハツコさんが笑って先に立ち上がった。

俺はふと思い出して、伯父に祖母の葬式の時にリュウがいたかどうか聞いた。

「おらんかったかや」

伯父が首を傾げていると、伯母が手首から先を器用に折り曲げながら言う。

「ほら、ジッサンが捨てたあとじゃき」

伯父はオオと合点して、いきさつを話してくれた。

どうやらリュウは、祖母の葬式の2ヶ月ほど前に死んだのだそうだ。

目をとじて動かないリュウを見て、まだ足腰がしゃんとしていたジッサンが死んだ死んだと大騒ぎし、裏山の大杉の根本に埋めに行ったのだが、なんとこれが早合点。

自力で土から這い出てきたらしく、半年くらいたって山中で野良犬をやっていたところを、近くの集落の人が見つけて連れて来てくれたのだそうだ。

この話、俺の連れには大いにウケた。

が俺は、なんだやっぱり別の犬なんじゃないかと思ったが、長年暮らした家族がリュウだというんだからと考えると、なんだかあやふやになる。

あとでもう一度、じっくり顔を見てみようと心に決めた。

それから、目の前の料理が減るのに反比例して食卓の会話が増えていき、俺は頃合を見計らって口を開いた。

「なんか、いざなぎ流のことを知りたがってるみたいなんだけど」

目で師匠と京介さんを指す。

すると、すぐさまユキオが身を乗り出した。

「だったらオレオレ。オレ今、先生について習いゆうがよ」

意外に思って、適当なコト言ってないかコイツと疑った。

すると伯母が、「あんたは神楽ばあじゃろがね」と笑う。

どうやら、先生についているのは本当らしい。

ただ、神楽舞を習っているだけのようだ。

いざなぎ流の深奥は神楽ではなく、祈祷術にあるというのは俺でもわかる。

「まあでも、いざなぎ流のことが知りたかったら、誰かに聞かんとわからんき。ユキオの先生に会わせてもらったらどうか」

そう言うのだ。

伯父のその言葉は、いざなぎ流の秘匿性を端的に表している。

そもそも俺の田舎に伝わるいざなぎ流とは、陰陽道や修験道、密教や神道が混淆した民間信仰であり、それらが混じっているとはいえ、古く、純粋な形で残っている、全国的に見ても貴重な伝承だそうだ。

祭りや祓い、鎮めなどを行うそのわざはしかし、ほとんど公にはされない。

なぜなら、それらは太夫から太夫へ、原則口伝によって相伝されていくからである。

もちろん、その膨大な祈祷術体系を丸暗記はできない。

しかし、そのための覚え書は、また師匠から弟子へと、門外不出の祭文として伝えられるのみなのである。

なにかのお祭りには、必ずと言っていいほど太夫さんが絡むが、俺の記憶の中では、その祈祷はただ『そういうもの』としてそこにあるだけで、『何故』には答えてくれない。

何をするために、何故その祈祷が選ばれるのか。

何をするためにというのは分かる。

川で行われるなら水の神様を祭り鎮めるためで、家で行われるなら家の安泰のためだ。

だが何故その祈祷なのかという部分には、天幕がかかったように見えてこない。

祈祷はさまざまな系統に分かれ、使う幣だけで数百種類もあるのである。

「よっしゃ、明日さっそく行こう」

ユキオは箸をくるくると回して、俺たちの顔を見る。

師匠は願ってもないと頷いた。京介さんは「頼みます」と軽く頭を下げる。

俺は明日も平日だったことを思い出し、ユキオをつついたが、「大丈夫、大丈夫」と請合った。

いろいろと大丈夫な職場らしい。

ユキオとハツコさんたちが帰っていったあと、俺たちは順番に風呂に入ることにした。

夜になってようやく涼しくなってきたが、汗を重ねた肌が気持ち悪い。

女性陣はあとがいいと言うので、まず俺、ついで師匠という順番で入ることにした。

早々に俺が風呂からあがり、3人でトランプをしていると、Tシャツ姿で頭から湯気を昇らせながら師匠が出てくる。

「あー、気持ちよかったー。風呂に入ったのって半年ぶりくらいだ」

その言葉に女性二人の目が冷たくなる。

「ちょっと」「寄らないでくださる」

ステレオで言われ師匠は憤慨する。

「って、おい。僕はシャワー派なんだって」

弁解する師匠に冷たい視線を向けたまま、二人は女部屋に戻っていく。

「知ってるだろ!」

わめく師匠に、振り向いた京介さんがいつもより強い調子で「死ね」と言った。

俺は笑いをこらえるのに必死だった。

これだよ。二人を無理やりセットにした甲斐があったというものだ。

それから、疲れていた俺たちは早々に床についた。

若者のいないこの田舎の家は寝付くのが早く、あまり遅くまで起きて騒がしくしても悪いという思いもある。

寝る前にリュウの顔を拝もうと思ったが、犬小屋に引っ込んでしまいお尻しか見えなかった。

部屋の明かりを消し、扇風機に首を振らせたまま横になると、あっというまに眠りに落ちた。

どのくらい経っただろうか。

バイクの音を遠くで聞いた気がして、なぜかユキオがまた来たと思った。

そんなはずはないと思いながら徐々に頭が覚醒し、むくりと起きる。腕時計を見ると深夜2時過ぎ。

トイレに行こうと起き上がると、隣の布団がカラになっていることに気づく。

「師匠」と小声で呼びかけるが、部屋のどこにもいない。

とりあえずトイレで用を足しに行くと、部屋に帰るときに縁側に誰かの影が映っている。

そっと障子を開けると、京介さんが縁側に腰掛けて夜陰に佇んでいる。右手には煙草。

こちらに気づいて視線を向けてくる。

「深い森だ」

そうか。京介さんは自分の部屋でないと眠れないということを、今更ながら思い出す。

「浄暗という言葉があるだろう。清浄な闇という意味だ」

ここは空気がいい。そう言って、目の前に広がる木々の黒い陰を眺めている。

遠くで湧き水の流れる音が聞こえる。

「師匠を見ませんでしたか」

そう問うと、煙を吐きながら答えてくれた。

「バイクで出て行ったな」

そういえば、伯父から滞在中自由に使いなさいと言われていたことを思い出す。

どこにと聞こうとして、すぐに聞くまでもないと思いなおした。

明日もいろいろありそうだ。

そう思って、今日のところはきちんと寝ておくことにする。

「おやすみなさい」という言葉に、京介さんは小さく手を振った。

朝が来た。目を覚ますと、隣で師匠がひどい寝相をしている。少しほっとする。

伯父夫婦と合わせて6人で朝食をとる。なにか足らない気がした。

そうだ。新聞がない。

「ああ、昼にならんと来ん」

そういえばそうだった。俺のPHSも師匠の携帯も通じない、情報を制限された田舎なのだ。

食べ終わって部屋に帰ると、師匠に夜のことを聞いてみた。

「行ったんですよね、あの京介さんが怪我をした場所へ」

「うん」と師匠は答え、扇風機のスイッチを入れながら胡坐をかいた。

「なにかあったんですか」

「いや、なにもなかった」

煮え切らない答えに少しイラッとする。あんなやり取りをしておいて、なにもないはずはない。

すると師匠は意味深に目を細めると、ゆっくりと語った。

「昼にはあり、夜にはなかった」

掘り出されていたと言うのだ。

「僕らが気づいたことを知られたようだ」

言葉の端に気味の悪い笑みが浮かんでいる。

「なにが埋まっていたんですか」

師匠は畳の上にごろんと寝転がった。

「犬神を知ってるかい」

「聞いたことは」

京介さんがこの旅の前に口にしていたのを覚えている。

「古くは、呪禁道の蠱術に由来すると言われる邪悪な術だよ。
犬神を使役する人間が他人の物を欲しがれば、犬神はたちまちにその人に災いをなし、その物を与えるまで止むことはない。
犬神は親から子へと受け継がれ、その家は犬神筋とか犬神統などと呼ばれる。
犬神筋は共同体の中で忌み嫌われ、婚姻に代表される多くの交流は忌避される。
そのために犬神筋は一族間での通婚を重ね、ますますその“血”を濃くしていく」

師匠は秘密めかして、仰向けのまま指を立てる。

「犬神というのはその名前とは裏腹に、小さな鼠のような姿で描かれることが多い。
もしくは、豆粒大の大きさの犬だとする記録もある。
犬神筋はそれらを敵対する者にけしかけ、腹痛や高熱など急激な変調をもたらす。
犬神にとりつかれた者は、山伏や坊主などに原因を探ってもらい、どこの誰それの犬神が障っているのだと明らかにする。
その後は、原因と判じられた犬神筋の家へ赴いて……」

「貢物を差し出すわけですか」

口を挟んだ俺に師匠は首を振る。

「文句を言いに行くんだよ。人の道に外れたことをしやがって、と」

 

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049 師匠シリーズ「田舎 中編4」

犬神の伝説が息づいているのは、農村地帯がほとんどなのだそうだ。

人と人との関わりが深く濃密な狭い共同体の中で、なにか理不尽な災いが起こった場合、それを誰か特定の人間のせいにしてしまうのは、日本の古い社会構造の歯車の一つなのだろう。

それが差別階級を生む要因にもなっている。

ところが師匠は、この犬神筋については、いわゆる被差別部落民とは少し意味合いが違うと言う。

「犬神筋は、裕福な家と相場が決まっている。それも、農村に商品経済、貨幣経済が浸透しはじめたころに生まれた、新興地主がほとんだ。
土地を持つこと、そして畑を耕すことがすべてだった農村の中に、土地を貸し、貨幣を貸し、商品作物を流通させることで、魔法のように豊かになっていく家が出現する。そして、このパラダイムシフトを理解できない人々は思う。“あの家が金持ちになったのは、犬神を使っているからだ”と。
我々の土地を、財を、貪欲に欲しがり、犬神を使役してそれらを搾取しているのだと。金がないのも、土地がないのも、腹を下したのも、怪我をしたのも、全部犬神筋のせいだ、と言うんだ。そう信じることで、共同体として、なんらかのバランスを保とうとしているのかも知れない。気がふれるということを、昔の人は狐がついたとか、犬がついたとか言うだろう?」

師匠はそう続けながら、指を頭のあたりで回す。

「これは犬神に限らず、狐憑きも蛇神筋も猿神筋も同じだ。気がふれたフリをするのはとても簡単で、しかも何が憑いているのかを容易に表現できるからだ。狐なら狐の真似を、犬なら犬の真似をすればいい。そうすれば、憑き物筋という家が存在し、それが他に害を成しているということを、搾取されている人々の間で再確認することができる」

ようするに『やらせ』なのだ、というように俺には聞こえた。

犬神はなにかおどろおどろしい存在なのではなく、いや、それ自体が人の心の闇を秘めているにせよ、農村における具体的な不満解消のシステムの一つに過ぎないのだと。そう聞こえたのだった。

しかし、師匠はふいに押し黙る。

俺はその沈黙の中で、前日にあの四つ辻で京介さんが倒れたシーンと、そのあとに襲われた悪寒が脳裏をかすめ、ジワジワと気分が悪くなっていった。

「犬神の作り方として伝えられる記録に、こんなものがある。まず、犬を土中に埋め、首だけを出して飢えさせる。
そして、飢えが極限にきたところで、餌を鼻先に置き、犬がそれにかぶりつこうと首を伸ばした瞬間に、その首を鉈で刎ねる。
“念”の篭ったその首を箱に納めて術を掛け、犬神とする。
その時、残された胴体は道に埋めたままとし、その上を踏みつけられることで、犬の“念”は継続し、また強固なものになっていく。
その道が人の行き来の多い、四つ辻であればなお理想的とされる」

「うっ」

思わず吐き気がして口を押さえた。

嫌な予感が頭の中でパチパチと音を立てているような気がした。

ユキオが原付に乗ってやって来たのは、朝の10時過ぎだった。

「おー、リュウ。お出迎えとは珍しいにゃあ」

そう言いながら、軒先に座っているリュウの頭を撫でた。

俺も朝方、飯を食べにノソノソと犬小屋から這い出てきたリュウの顔をじっくりと観察したが、記憶のヴェールは、自信ないけどリュウらしい、という程度にしか真実に近寄らせてくれなかった。

「じゃあさっそく行こう」

ユキオが原付で先導し、俺たちは師匠の運転で伯父に借りた車に乗ってついていった。

最初京介さんが運転席に乗ろうとすると、師匠が「初心者マークは大人しく後ろに乗ってろ」というようなことを言って、

「そっちも大した腕じゃないくせに」と言い返され、険悪なムードになりかけたことを言い添えておく。

ユキオの『先生』は、本当に学校の先生だったらしい。ユキオは小学校の頃に教わったことがあるそうだ。

定年になり子供たちが独り立ちすると、山奥に土地を買って住まいを構えて、奥さんと二人で暮らしているとのことだった。

「こんな田舎で公務員なんてやってると、デントーってのを守る義務から逃げれんがよ」

出掛けにユキオはそう言ったが、神楽を習っていること自体はまんざら嫌でもない様子だった。

「先生はちょっと気難しいき、変なこと言うても、気ぃ悪うせんとって下さい」

俺は幼い頃に見た、白装束の太夫さんの神秘的な横顔を姿を思い浮かべた。

車は一度国道に出てから川沿いを走り、再び山側へ折れるとそこからは延々と山道を上って行った。

道は悪く、割れた岩のかけらのようなものが、アスファルトの上のそこかしこに転がっている。

「これって落石じゃないのか」と師匠はぶつぶつ言いながらも、慎重に石を避けていく。

昨日より幾分日差しは穏やかで、車の窓を開けると風が入ってちょうどいい涼しさだ。

山の斜面に蛇の黒い胴体を見た気がして身を乗り出した時、後部座席のCoCoさんがふいに口を開いた。

「バイクから、離れない方がいい」

さっきまで隣の京介さんを意味なくくすぐって騒いでいたのに、一変して真剣な響きの声だったので、思わず前方に視線をうつす。

ユキオを見失いそうになっているのかと思ったが、適度な距離を保ったまま車はついていけている。

どういう意味だったのだろうと、CoCoさんの方を振り返ろうとした時、不思議なことが起こった。

ユキオの原付が加速した様子もないのに、スルスルと先へ先へと遠ざかって行くのだ。

坂道でこっちの車の速度が落ちたのかと一瞬思ったが、そうではない。速度メーターは同じ位置を指したままだ。

何が起こっているのか理解できないうちに車は原付から離され、ユキオの白いヘルメットはこちらを振り向きもしないで、曲がりくねる山道の奥へと消えて行こうとしていた。

「アクセル」

京介さんが鋭く言ったが、師匠は「踏んでる」とだけ答えて、真剣に正面を見据えている。

こちらが遅くなったわけでも、原付が早くなったわけでもない。

俺の目には、道が伸びていっているように見えた。

周囲を見回すが、同じような山中の景色が繰り返されるだけで、一体どこが『歪んで』いるのかわからない。

そうしているうちに完全にユキオの原付を見失った。道は一本道だ。追いつくまではこのまま進むしかない。

師匠は一度ギアを落としたが、回転音が派手になるだけで効果がない。

「まずいなあ」ギアを戻しながら呟く。

「これって、なんの祟り?」

師匠の軽い調子に、京介さんは「知らない」と突き放す。

俺は今起きていることを信じられずに、ひたすら目をキョロキョロさせていた。

まだ午前中の早い時間帯だ。すべてが冗談のように思える。

「実にまずい」

前方に目を向けると、道がますます狭くなっているような気がした。

カーブもきつくなっていて、フロントガラスの向こう側の景色は、いちめんに屹立する木、木、木。

緑色と山の黒い地肌が、壁となって迫ってくるかのようだ。

ギリギリ二車線の幅が、今は完全に一車線になっている。ガードレールも消えさってしまった。

右側は渓谷だ。転落したらまず命はない。

反応を見る限り、俺が見ているものを他の3人も見ているのは間違いない。

集団幻覚?

そんな言葉が頭をよぎる。しかし、車のアクセルの効果まで、そんなものに束縛されてしまうのだろうか。

「なあ」と師匠がCoCoさんに呼びかけた。

「これって、夢じゃない?」

CoCoさんは首を横に振る。師匠は少し経ってから頷く。

奇妙なやりとりだ。

「なにか他に異変が起きてくれれば、ヒントになるんだけどな。

たとえば木の枝に、人間がつりさがっているとか……」

囁くような師匠の口調に、思わず身を竦める。

本当に周囲の山林のなかに、そんな不気味な光景が現れるような気がして、チリチリとうなじの毛が逆立つ。

前へ伸びる道と後ろへ伸びる道。

その両端が、曲がりくねる山のどこかで繋がっているようなイメージが頭を掠め、ゾクリとした。

師匠は迫ってくる鋭いカーブに際どくハンドルを切り続けている。まるで止まることを畏れているようだった。

異変、異変。

そんなフレーズが頭の中で繰り返されていると、視線の中に見覚えのあるものがチラッと映った気がした。

山の斜面に目を凝らすが、あっと言う間に通り過ぎる。

少しして前方にもう一度同じものが現れた。それを見た瞬間俺は叫んだ。

「蛇が!」

師匠が素晴らしい反応でブレーキを掛ける。

車はカーブする斜面に半ば擦りそうになりがら止まった。

京介さんが後部座席のドアを開けて飛び降りる。

そして、すぐさま木の根っこをよじ登り、山肌に横たわった黒い蛇の姿をとらえた。

俺たちも車から降りて近づく。

見ると、その黒い頭には長い釘が深々と突き通っている。

頭から顎まで貫かれて地面に縫い付けられ、蛇は死んでいた。

丈の短い草の中にのたうつその体が、地下水のように湧き出たどす黒い血のように見える。

京介さんが右手の指を絡ませ、その釘を抜いた。

その瞬間、上空から。上空からとしか言いようがない場所から、耳をつんざく様な悲鳴が聞こえた。

男とも女とも、そして人とも獣ともつかない声だった。

しかし次の瞬間、説明しがたい感覚なのであるが、一瞬にしてそれが幻聴だとわかったのだった。

そしてなにか、目の前の光景が今にもペロリと裏返りそうな、そんな不気味な予感に襲われる。

ざわざわと木の枝が鳴って、俺は足を棒のように固まらせていた。

「車に戻れ」という師匠の声に我に返ると、逃げ込むように助手席に飛び乗った。

シートベルトをする暇もなく車は急発進する。

そして次のカーブを曲がるや否や、ユキオの原付が目の前に現れた。

遠ざかって行く前となにも変わらない様子で山道を走り、白いヘルメットがゴトゴトと揺れている。

道もいつの間にか元の幅に戻り、ガードレールも所々へこみながらもちゃんと両側にある。

俺は言葉を失って、首をゆるゆると振る。

まるでさっきまで緑色の迷宮に閉じ込められていた間、時間がまったく経過していなかったかのように、すべてはすっきりと繋がっていた。

今まで心霊体験の類を数知れず味わってきた俺にも、まるで白昼夢のような出来事に呆然とせざるをえなかった。

「やってくれたな」

師匠が深く息を吐いて、背もたれに体を預けた。

「今のが人間の仕業とは」

言葉の端から、ゆらゆらと青白い炎が立つような声だった。

京介さんの方を見ると、さっきの蛇に打ち込まれていた釘を手にしている。

「持っていろ」

そう師匠が言ったとたん、京介さんは窓からそれを投げ捨てた。

「おい」

怒るというより、溜息をつくような調子で師匠が咎める。

京介さんは、「よけいな物がよけいな物を招くんだよ」と言って横を向いた。

師匠は恨めしそうにバックミラー越しに睨んでいる。

前を行くユキオがハンドルから片手を離し、山側を指さした。

もうすぐ目的地だ。ということらしい。

まもなく俺たちは、山の中にぽつんと立つ一軒家に辿り着いた。

伯父の家によく似た造りの日本家屋だ。広い庭に鶏を飼っている。

ユキオがヘルメットを脱ぎながら、「せんせー」と家に向かって声をかけ、俺は後ろから近づいてその耳元に囁いた。

「なあ、さっき俺たちの車を見失わなかったか」

「いや」

ユキオは怪訝そうに首を振る。

そうだろうとは思った。おそらくあれは、俺たちの霊感に反応したのだろう。

ユキオには何事もない山道にすぎなかったはずだ。

だが、俺たちが狙われたのは明らかだった。なにか警告じみた悪意を感じたからだ。

それは、京介さんが足から血を流した、あの四つ辻で感じたものと同質のものだった。

俺は師匠の顔を見たが、首を横に振るだけだった。

なりゆきにまかせよう、と言うように。

 

「超」怖い話(申) [ 加藤一 ]

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 - 中編, 師匠シリーズ

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