【厳選】 怪談・都市伝説・怖い話まとめ

ネットで見つけた、都市伝説・怪談・ほんとにあった怖い話・世にも奇妙な物語・心霊系・不思議系・電波系・オカルト系のお話シリーズです♪

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師匠シリーズ 047話~048話 鋏(2)・自動ドア

   

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047 師匠シリーズ「鋏2」

山への上り口までは簡単だが、地蔵のある場所までが分かりにくいはずだった。

ところが、途中の目立つ木のいくつかに、印がしてあるのだという。

誰がつけたのかは分からないそうだが、過去から現在において秘密を共有している、女子生徒たちのいずれかなのだろう。

「でもあんまり期待すんなよ」

音響は神妙に頷いた。

「でもどうして俺なんだ」

「さっき言った」

「二年も前のことを今更思い出したのか」

「……」

彼女はペンを止め、それを指の上でくるくると器用に回す。

「あのくだらないサークルにひとり、ホンモノがいるって聞いてた。倉野木っていうのが、あなたじゃないの」

俺は思わず肩を揺すって笑った。

「人違いだ」と言うと不審げに首をかしげていたが、「まあいいわ」とペンを握りなおした。

地図が出来上がると、彼女はノートのページを破り取り、俺に差し出した。

右上に小さく携帯電話の番号が書かれている。

「助けてくれたら、メチャ可愛い友だちを紹介してあげる」

生意気なことを言うので、「お前でも十分カワイイぞ」とうそぶいて反応を見たが、憎らしいことに平然としている。

「じゃあ」と言って席を立つ彼女へ、とっさに声を掛けた。

「三つの地蔵のうち、どれが鋏様なんだ」

立ち止まって、半身でこちらをじっと見ている。

「いいだろう?秘密を教えておまじないの効果が消えたって。むしろそれで解決じゃないか」

迷うような素振りを一瞬見せたあと、音響は囁くような声でこう言った。

「みぎはし」

そして向き直ると、逃げるような早足で店の自動ドアから出て行った。

暗闇に溶けていくように消えたその姿を、しばらく目で追っていたが、やがてテーブルの上の、ふたつのグラスと破られたコースターの残骸に視線が落ちる。

その欠片を手に取ってなんとはなしに眺めていると、不思議なことに気がついた。

指で裂かれた白いコースターは、その裂け目に紙の繊維がほつれたような跡が残っている。

ところがその破片のうち、いくつかの断片に、綺麗に切り取られたような痕跡が見つかった。

まるで鋭利な刃物で裁断されたような跡が。

さっきのコースターを裂いた、まるで夢遊病のような彼女の行動が、これを隠すためだったかのような気がしてくる。

渡されたノートのページを光にかざすと、彼女の描いた赤いハサミのイラストがやけに禍々しく見えた。

二日後。俺は懐中電灯を片手に、真夜中の山中を歩いていた。

バイトも休みだったので、昼間のうちに下見をするつもりだったのだが、暇つぶしのつもりで入ったパチンコ屋で、高設定のパチスロ台に座ってしまったらしく、止めるに止められなくなり、まあいいやなんとかなるだろうと、これまで犯してきた学生としての過ちから、全く何も学んでいないような頭の悪い判断をして、夜に至ってしまっていたのだ。

もう出始めた蚊にイライラしながらも、ポケットに忍ばせたノートの切れ端の地図を何度も確認しつつ、ソロソロと歩を進めた。

街から少し離れただけなのに、まるで別世界のような気味の悪さだ。

すでに人の世界ではない。

ほんとすいませんと、一体何に謝っているのか自分でも分からないまま頭の中で繰り返している。

ガサガサと草むらが音を立てるたび、うそだろと思い、山鳩の泣き声がどこからともなく響くと、まるで自分が通ることへの合図のような被害妄想に駆られて、たのむから見逃してくれと思うのだった。

まったく、格好をつける必要がどこにあったのだろうか。

自分のバカさ加減にうんざりする。

懐中電灯の白い光が、大きな木の中腹に刻み付けられた矢印を照らし出し、確実に目的地に近づいていることが分かる。

また山鳩の声がホウホウと聞こえ、同時にかすかな羽ばたきを耳にした。

湿気を含んだ濃密な空気に、胸が詰まりそうになる。

思えば、こうしてひとりで真夜中に心霊スポットに行くなんて、ほとんどないことだ。

たいていくだんのオカルト道の師匠と一緒だった。

彼はその心霊スポットの本来のスペック以上のものを引き出す、実に迷惑な存在だったが、その背中を追いかけているだけで、俺は暗闇に足を踏み出すことができた。

怖いものだらけだった。けれど怖いものなんてなかった。

ザザザザザ……

不吉な音とともに、風が草を薙いだ。

後ろは振り返りたくない。自然、足早になる。

こういう足元がよく見えない場所で、俺が思うのは小さなころから同じ。

誰かに足を掴まれたらどうしよう、という妄想だった。

風呂場で髪を洗っているときに目をつぶるのが恐ろしいように、人間は目に見えない空間を恐れている。

自分という観察者のいない場所では、誰も“ありえないこと”など保証してくれないからだ。

最後の矢印が見えた。二股にわかれた木の根元。

俺は深呼吸をして、お尻のポケットに差し込んだ愛用のハサミをジーンズ越しに確認する。

懐中電灯の明かりに一瞬人影が見えた気がした。

ドキっとしたが、もう一度ゆっくりと照らして見ると、地蔵らしき黒い頭が闇に浮かび上がってきた。

ひとりで来なければいけないということは、他人に見られてはいけないということだ。

そしてそこで行われる刃物を使った呪い……丑の刻参りと構造が似ている。

女子高生がするようなおまじないとは少し毛色が違う。

今更そんなことを思ったが、足が動かなくなりそうだったので脳裏から振り払う。

周囲を観察し、少し斜面になった部分を下るものの、崖ではないことを確認する。

ゆっくりと藪が途切れた場所から回りこむと、山中に異様とも思える方形の人工の空間が現れた。

雑草が生い茂っているとはいえ、踏み固められた赤土の地表がぽっかりと目の前にある。
リィリィという虫の音が聞こえる中をゆっくりと進むと、斜面に沿うようにひっそりと立つ影が視線の端に入った。

懐中電灯のスイッチを切り、深呼吸をする。

やっぱり帰ろうと思う。

心臓の音を聞く。

目を閉じる。

覚悟する。

何歩か靴の裏を引きずるように進むと、懐中電灯をポケットに無理やりねじ込んで、両手を恐る恐る前に突き出す。

急に空気がねとつくように感じられ、息苦しくなる。

あのコーヒーショップで覚えた嫌な感じを思いだすまいとして、まさにそのせいで思い出してしまう。

あれは霊なんかとは違う、もっとわからないものなのだと思う。その根源に今、近づきつつあった。

足が止まりそうになったところで、左手が硬いものに触った。

内臓のあたりに嫌な感じがズーンと落ちてくる。

それでも両手で、胸の前にある石のざらついた感触を確かめる。

これが左端の地蔵の頭のはずだった。

赤ちゃんの頭くらいの大きさだ。

なにか別の恐怖心がもたげてくるような気がして、すぐに手を離す。

次の地蔵までは3歩と離れていない。

爪先が地蔵の胴体らしきものに当たり、手探りをすると、さっきと同じざらついた手触りが手のひらに入ってきた。

次だ。

もう余計なことを考えないようにして、目を閉じたまま次の場所へ手を伸ばす。

ひんやりしたものに指先が触れた。

なにか変だ。なにも変なところがない。

目を開けたい衝動に駆られる。苔むしているのではなかったのだろうか?
髪の毛なんて生えていない。

そう思ったとき、右半身がなにかの気配を捉えた。目を閉じていてもわかる。

たぶん、かすかな風の流れでそう感じるのだろう。

数がおかしくないかという疑念を封じ込めて、ソロソロとさらに右側に手を伸ばした。

次の瞬間、右手が嫌なものに触れた。

夜気に湿った小さなあたま。

苔じゃないのはすぐにわかった。髪の毛が生えている。

混乱が恐怖心に点火する前に俺は両手をソレから離し、ジーンズの後ろポケットからハサミを取り出した。

愛用というほどでもないが、家にあるハサミというとこれだけだ。

屈み込んで、地蔵の前にある石造りの小さな台を探り当て、ハサミを置いた。

そして、あらかじめ決めてあった名前を三度唱える。

俺にストーキングまがいのことをしていた女の名前だった。

音響にこのおまじないのことを聞いたときから、その効力を解くには、上書きするしかないのではないかと思っていた。

根拠はない。カンだ。

そして上書きされるにうってつけの存在がいた。失敗でもいい。

そしてこのおまじないが、本当は別の意味であったとしても、それでもよかった。

目の前にあるものがなんなのかわかりたくなかった。

俺は左を向くと懐中電灯をつけ、目を開けて脱兎のごとく逃げ出した。

這い上がるように斜面を駆け上り、後ろを振り返らず走った。

山鳩の鳴き声が追いかけてくる。草いきれが鼻にこびりつく。

閉じ込めていた畏怖の心が、奇声をあげているような気がした。

よっつめだった。

俺が数え間違えたのか、それとも地蔵ははじめから四体あって、音響が三体だとウソをついたのか。

それとも、それは目を閉じないと見つからない、何か得体の知れないものだったのか………

もと来た道を逆走していると、懐中電灯の光が道の真ん中に赤いものを反射した。

赤いハサミだった。

一瞬躊躇したあと拾い上げる。ノートの切れ端に描かれたイラストにそっくりだ。

山に入ったときとは別のハサミをジーンズのポケットに納めて、俺は帰途を急いだ。

耳は聞こえるはずのないショキショキという音の幻を、湿った風の中にとらえていた。

その次の日、俺はこの前のコーヒーショップでひとり音響を待っていた。

たぶん解決した。そう言って呼び出したのだが、あながち間違いでもないように思う。

この手にある赤いハサミが、その象徴のような気がした。

店内の光度を抑えた照明にそっとかざしてみる。

一体なぜ地蔵に供えられたはずのハサミがあそこに落ちていたのか、俺には知るよしもなかったが、こうして見ると、何事ごともない、ただのありふれたハサミにしか見えなかった。

「遅せぇな」

独り言をいってしまったことに気づいて周囲を気にする。

さすがに、コーヒーショップにハサミを持った男がひとりでいては、気持ちが悪いだろう。

そう思って一応念のために、カモフラージュ用の文房具一式と大学ノートを脇に置いてあった。

ふと思いついて、汗をかいたコーラのグラスを持ち上げ、白い紙でできたコースターをつまんだ。

右手で持ったハサミを、円のふちにあてがう。

深い意図があったわけではない。

ただ前回、音響が破いたコースターの切れ端に残っていた、鋭利な断面が気になっていたからだった。

軽く力を込めて、刃を噛み合わせる。

そのとき、予想外のことが起きた。

ぐにょりという鈍い感触とともに、コースターが切れもせず、ハサミの刃の間に変形して挟まったのだ。

首筋にあたりがゾワっとした。

ギチョン。という音をさせてハサミを開く。

コースターがぽとりとテーブルの上に落ちた。確かに少し厚みがあるとはいえ、ただの紙なのだ。

切れないはずはない。

もう一度ハサミをよく見てみる。

そういえば、持ったときに何か違和感があった。

空中でチョキチョキと素振りをしてみると、その正体に気づいた。

俺は左手にハサミを持ち替えて、もう一度コースターに刃をたてる。

こんどはシューッという小気味よい音とともに、白い紙に切れ目が入っていった。

“左利き”用だ。

あるのは知っていたが、現物を見たのははじめてだった。

俺は手元の赤いハサミとコースターとを見比べながら、笑いが込み上げてくるのを抑えられなかった。

あのとき、音響は右の平手で俺の頬を叩いた。

怖がらせるような意地の悪いことを言った俺を、反射的に叩いてしまった彼女に負い目を持ったのが、この無謀な冒険のきっかけだ。

クールそうな彼女に、そんなことをさせてしまったという負い目。

だがあのときの彼女には、とっさに利き腕ではない方を繰り出すだけの、理性の働きが確かにあったのだった。

はめられたのかも知れない。

そういえば、ノートに地図を描く時の彼女は、左手でペンを握っていた気がする。

あの平手で俺がなにを感じるか、計算ずくだったとするなら……

そのときはじめて俺は、あの暗い服を好む少女に、好奇以上の興味を持ったのだった。

一週間後、例のオカルト道の師匠と仰ぐ大学の先輩と会う機会があった。

お互いの近況を交換し合うなかで、俺は鋏様の話と、『黒い手』騒動の時の少女と再び会ったことを話した。

師匠はニヤニヤと聞いていたが、口を開いたかと思うと、

「僕ならその鋏様とやらの髪の毛、ハサミでジョキジョキにしてやったのに」

と言い放ち、俺は心底この人に頼らなくてよかったと、胸をなでおろした。

 

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048 師匠シリーズ「自動ドア」

先日、ある店に入ろうとしたときに、自動ドアが開かないということがあった。

さっき出たばかりのドアなのに、戻ろうとすると反応がない。

苦笑して別のドアから回り込んで入った。こういうときはえてして別の目撃者がいない。

ある種、個人的な経験だと自嘲気味に考える。

そのとき、ふと大学時代のことを思い出した。

学生のころは、自動ドアが開かないことが日常茶飯事だった。

一人暮らしの大学生なんてものは、毎日三回以上はコンビニに行くものと相場が決まっている。

俺もキャンパス近くの学生の街といえる場所に住んでいたために、周辺はコンビニだらけ。

なにが楽しいのか、朝から晩までことあるごとに、時間を潰しがてら入り浸っていた。

そんなとき、大学一回生の夏ごろからだろうか、自動ドアが開かないということが多くなった。

昨日と同じコンビニに、昨日と同じ服を着て入ろうとしているのに、なぜか開かない。

思わずドア上部のセンサーらしきところを見上げながら、顔を動かしてみる。

開かない。

体を前後左右に動かしてみる。

開かない。

一度離れて、まるで別人が通りがかったかのようにやり直してみる。

やっと開いた。

というようなことがままあったのだった。

これもまた大学生のつねで、社会のなかで自分がひどく小さい人間に感じられて、己の存在意義なんてものに悩み、鬱々としていたりするときにこんなことがあると、なにか象徴的な出来事のように思われて少々へこむ。

ドアの前でどうしようもなく佇む俺の横を、コギャルがPHSでバカ話をしながら、あっけなくドアの中へ消えていくのを見ると、なんともいえない敗北者の気分になったりする。

『おまえは人権5級だから自動ドアを使う権利がありません』

そんなことを言われているような気がする。

「またドアが開かなかった」という自嘲気味のセリフは、一時の俺の挨拶のようなものになっていた。

そんな日々も、当時の熱病のようなオカルト三昧の生活とは無関係ではなかったように思う。

そのころの俺は、大学のサークルの先輩でもある、俺にオカルトのイロハを叩き込んでくれた師匠に、まるで金魚の糞のごとくついて回っていた。

ファミマに入ろうとして二人で並んで自動ドアの前に立つも、まるでただのガラスのように開く気配がない。

しばし突っ立っているが、やがて師匠が「ちょっと動いてみ」というので、反応する場所を探そうと体をあちこち動かしてみる。

開かない。

そして二人して動いたり離れたりまた戻ったり、恐ろしく間抜けな動きを繰り返した末に、なんの前触れもなくドアがスーッと開いたかと思うと、レジ袋に100円の麦茶のパックを詰め込んだ不健康そうな男が出てきて、「どいて」と言われたりする。

こんなことが生活圏のコンビニで度々あったものだった。

あるとき師匠が言った。

「コンビニの怪談に、深夜だれもいないはずなのにドアが開くって話があるだろう。あれと逆だね」

そういえば俺も経験があった。

ある寝苦しい夜に、近所のコンビニで、涼みがてら立ち読みをしていたときのこと。

「いらっしゃいませ」という店員の声に何気なく本から顔をあげると、自動ドアがスーッと開いたきり誰も入ってこない。

入り口を横切っただけかと思い、また本に目を落とす。

しばらくすると、今度は「ありがとうございました」という店員の声。

入り口を見ると、またドアだけがスーッと開いて、誰の影も見えない。

店内を見渡すと、立ち読み客が俺を含めて二人だけ。店員の若い兄ちゃんは、手元でなにか黙々と書いている。

顔も上げずに、ドアの開く音に反応しているだけらしい。

なぜか背筋に気味の悪い感覚がのぼってくる。

もう一度店内を見回す。

深夜特有のだらけた空気が漂っている。

店員も俺たちがいるせいで奥に引っ込めず、はやく帰らないかなという思いでいるに違いない。

外は暗い。学生の街だから、暗さのわりに深夜でも人通りは多い。

誰とも知れない人の影が、暗い路地を行き来する光景は、こうして明るい店内からガラス越しに見ていると不気味だった。

店員があくびをする音が聞こえた。顔を下げたままだ。

深夜、この店が一人勤務体制というのはよく知っている。

万引きされても気がつかないんじゃないか。そう思ったとき、あることに気がついてゾクリとする。

最初にドアが開いたとき、店員は見もしないで「いらっしゃいませ」と言った。

次にドアが開いたときは、「ありがとうございました」

どうして二度目も、「いらっしゃいませ」ではなかったのだろうか。

店員はそちらを見てもいない。

そして実際に誰も出入りはしていないのだから、どうして使い分けたのか理由がわからない。

まるで目に見えない誰かが入り込み、そして出て行ったようではないか。

ここに居たくないという脅迫めいた感じが強くなり、俺は雑誌を棚に戻して足早に店を出た。

ドアが開いて、そして閉じるとき、店員の間抜けな

「いらっしゃ、ありがとうございました」という声が背中に響いた。

さて、ドアの開かない日々の中でも、強烈な思い出がある。

一回生のころ、ある真夏の昼ひなかに、溶けそうになりながらコンビニにたどり着いた。

その日がその夏の最高気温だったそうで、アスファルトが靴の裏に張り付きそうな錯覚さえ覚えた。

自動ドアの前に立ち、完全に開くのも待ちきれずに中に滑り込む。

さっそく特に買うつもりもないのにデザートコーナーへ向かい、ひんやりと漂ってくる冷気を顔に浴びる。

そういえば、珍しくあっさり自動ドアが開いたな。

そう思って顔を上げると、目の前には異様な光景が広がっていた。

いつもと同じ商品配列の店内。いつもと同じ半年も先のコンサートのポスター。いつもと同じ高ルクスの照明。

けれど、人の姿がどこにもなかった。

こんな真っ昼間に、客が一人もいないなんてことはまずなかった。昼時には大学生でスシ詰めになる店なのに。

なにより異常なのは、店員の影もなかったことだ。

二つあるレジは無人で、陳列や棚卸しなどの作業もしていない。

なんだか気味が悪くなり、一言声を掛けてと張り紙があったのをダシに、

「すみませーん、トイレ貸してください」と、レジの奥に投げかけた。

10秒待ったが、なんの応答もなかった。

店内をもう一度見回す。

いつもなら常に立ち読み客のいる雑誌コーナーにも人影はなく、一冊一冊、乱れもせず綺麗にラックに並んでいる。

それがますますこの状況の異様さを強調していた。

体裁を保つこともなおざりになり、あからさまにキョロキョロしながら、「お~い、誰かいませんか」と声をあげた。

その声が、しんと沈む店内の冷たい空気に吸い込まれていった時、思わず出口に向かっていた。

そして自動ドアの前に立つ。

開かない。

「おい、ウソだろ」と口にしながら、ガラスをバンバンと叩くが、ドアはぴくりとも反応しなかった。

店内を振り返るが、さっきと変わりはない。人の気配も一切感じない。

けれどそれゆえに、うなじの毛がチリチリするような、静かな圧迫感が空間に満ちはじめているような気がした。

紛れ込んでしまった。

そんな言葉が脳裏に浮かび、これは間違いだ、早くここから出なくてはという脅迫観念にかられた。

ドアの前の立ち位置を変え、体重をかけるタイミングを変え、膝のサスペンションで背を変え、センサーらしきものの下を通るスピードを変え、とにかくあらゆる方法で自動ドアを開けようともがいた。

明日は三十分立ちんぼでもいいですから、今だけは一発で開いてくれ!

そんな祈るような気持ちだった。

ドアの外では、陽炎が立ちそうな熱気の中を、多くの人が通り過ぎている。

誰もこちらに注意を払う人などいない。

何度も後ろを振り返るが、店内には何の気配もなく、ただ静かに、なにかよくわからない部分が狂っているようだった。

異様な圧迫感を無人の光景に感じ、俺は冷たい汗をかきながら、ドアの前でひたすらうろたえていた。

ふと、うっすらと窓ガラスに映る、反転した店内の様子が目に入った。

顔もよくわからないが、店内にうごめく数人の客が確かに映っている。誰もいるはずがないのに。

恐慌状態になりかけた時、急に何の前触れもなくドアが開いて、俺は外に飛び出した。

ムッとするような極度に熱された空気に包まれたが、むしろ心地良く、俺は振り返ることも出来ずにその場から逃げた。

去り際。目の端に、いつもと変わらない、人のいるコンビニの店内が映った気がしたが、とにかく逃げ出したかった。

後日、師匠にこの話をすると、笑いながら「暑すぎて幽体離脱でもしたんじゃない?」と言うのだ。

「だってコンビニの怪談を、逆さから見たような体験じゃないか」

ドアが開かなかったことをあげつらっているような感じだったので、

「意識だけがコンビニの中に入ってしまったとしても、店内に人がいなかったってのはどういうことです」

と逆襲すると、師匠はあっさりと言った。

「人間に霊が見えないように、霊にも人間が見えないことがあるんだよ」

そうして二本の人差し指を交差させ、「交わらない世界」と呟いて、なにが嬉しいのか口笛を吹いた。

(了)

 

怖すぎる実話怪談(異形の章) [ 結城伸夫 ]

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