【厳選】 怪談・都市伝説・怖い話まとめ

ネットで見つけた、都市伝説・怪談・ほんとにあった怖い話・世にも奇妙な物語・心霊系・不思議系・電波系・オカルト系のお話シリーズです♪

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水溜め

      2016/11/08

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私が小学校六年生だった頃の話だ。

十一月のある日。学校が終わり、放課後。

少しばかり遠い寄り道をするため、自宅の前をそのまま通り過ぎた私は、街のほぼ中心に架かる地蔵橋の辺りまで差し掛かっていた。

その日は同じクラスの友人が一人風邪で学校を休んでおり、私は彼の家にプリントを届けに行く最中だった。

といっても私と友人はご近所同士ではなく、街の北側の住人である私に対し、友人は南側、しかも彼の家は南地区の住宅街を抜けた山の中腹あたりに建っている。

ではどうして私がその役目を任されたのかといえば、単純な話、当時クラス内で彼の家の詳しい場所を知っている人間が、担任を除けば私しかいなかったからだ。

友人は、くらげというあだ名のちょっと変わった男だった。

何でも彼の家の風呂にはくらげが湧くらしい。所謂、『自称、見えるヒト』 だ。

風呂に浮かぶくらげの他にも、彼は様々なものを見る。それは形のはっきりしない何かであったり、浮遊する光の筋だったり、随分前に亡くなっていたはずの私の知人だったりもした。

彼曰く、「僕は、そういうのが見える病気だから」だそうだ。

その病気は感染症だとも言った。だから、自分には近寄らない方がいい、とも。

地蔵橋を越えて、南地区に入る。空に広がる薄い雨雲には所々切れ間があって、そこから青い空が顔をのぞかせている。

天気予報では朝から雨とのことだったが、今のところ天気はもっていた。

鼻歌など歌いつつ、手に持った傘で、空中にアヒルのコックさんを描きながら歩く。

南地区の住宅街を抜けると道は狭い上り坂になる。

急な坂道をしばらく上っていると、前方に友人の家が見えてきた。

周りを白い塀がぐるりと取り囲んでおり、その向こうの、えらく黒ずんだ日本家屋が彼の住む家だった。

門柱にインターホンのようなものはなく、私は勝手に門をくぐり中に入った。

広い庭を抜け、玄関のチャイムを押す。

しばらくの間があって、ガラリと戸が開き、中から腰の曲がった老婆が出てきた。

友人の祖母だった。

「どうも」

軽くお辞儀をすると、彼女はその曲がった腰の先の顔をぐっと近づけて来た。

まじまじと私を見やり、そうして顔中のしわと同じくらい目を細めて、「うふ、うふ」と笑った。

「あの子は今日、風邪をひいて寝とるよ」

「あ、知ってます。それで、学校のプリントを持ってきたんですけど……」

言いながら私が背中の鞄を降ろそうとすると、その動きを制するように、彼女の片手が上がった。

「まあ、お上がんなさい。お茶とお菓子があるけぇよ」

一瞬どうしようかと迷ったが、彼女は返事も待たずに一人家の奥へと消えて行ってしまった。

こうなっては仕方が無い。それに正直なところ、ここまで歩いてきて喉も乾いていた。

「……おっじゃましまーす」

小声でつぶやき、傘と靴を玄関に置いて家の中に入る。

以前くらげに家中を案内してもらったことがあるので、玄関を上がって左手が客間だということは知っていた。

前に訪問した時と変わらず、一度に大勢がくつろげそうな大広間には、食事用のテーブルが一つだけぽつんと置かれているだけだった。

部屋の入り口辺りに立ったまま、しばらく部屋の様子を眺める。

広いだけでなく天井も高い。

友人宅は二階建てなのだが、この部屋だけが吹き抜けになっているようだ。

壁には何人かの遺影が掛けてあった。

その内の一つと視線が合い、私は慌てて目を逸らした。

その内菓子とお茶が乗った盆を持って、祖母が現れた。

「まあ、まあ。そんなとこに立っとらんで、座りんさい」

言われた通りテーブルに着くと、彼女も私の対面に腰を下ろした。

盆の上の菓子はどれも高級そうで、差し出された色の濃いお茶は熱くて少し苦かった。

「部屋の中には、何かおったかえ」

彼女が言った。

初めは意味が分からなかったが、数秒、質問の意味と口の中の菓子を呑み込むと、私は急いで首を横に振った。

「うふ、うふ」

彼女が笑う。

言い忘れていたが、彼女もくらげと同じく、『見えるヒト』 なのだそうだ。その目は孫以上に様々なモノを見るという。

それは例えば、形のはっきりしない何かであったり、雨の日に地面から湧き出て、空を埋め尽くす無数のくらげの姿だったり、随分前に亡くなったはずの彼女の夫だったりもする。

以前、この部屋で夕食を御馳走になったことがある。

その際、テーブルには一人分多く食事が用意され、彼女は何もない空間に向かって語りかけ、相槌を打ち、たまに楽しそうに笑っていた。

今も、彼女には見えているのだろうか。

しかし、私がそれを尋ねることは無かった。

答えがイエスであってもノーであっても、どちらにせよ、私には何も見えないのだ。

代わりに、友人の容態はどうかと訊いてみた。

すると彼女は、顔の前で手を振り、「こたぁないこたぁない、ただの風邪よ」

と言った。

その言い草に、私は何故か少しだけほっとしたのを覚えている。

それから二人でしばらく話をした。

学校での孫の様子はどうかと訊かれ、私は素直に証言した。

授業は真面目に聞いている。休み時間は大抵本を読んでいる。

友達はあまりいない。全体的に動きが遅い。ひょろい。白い。

そんな口の悪い私の話を、彼女はじっと微笑みながら聞いてくれた。

その際、話の中で私が彼のことを、『くらげ』 と呼んでいることを知ると、何故か妙に嬉しそうに、「うふ、うふ」と笑っていた。

ひとしきり喋った後、今度は私から尋ねてみた。

「あの、くらげって三人兄弟なんですよね」

彼女は声には出さずゆっくりと頷いた。

「仲、悪いんですか?」

くらげには歳の離れた兄が二人居るということは、以前彼自身から聞いて知っていた。そうして彼がそのどちらからも嫌われているとも。

しかしながら、今考えてみてもぶしつけな質問だったと思う。

さすがに今度は彼女も頷かなかった。ただ否定もしなかった。言葉もなく、その表情も変わらず、ほんの少し微笑みながら私を見やっていた。

しばらく沈黙が続いた。

「えっと……、ごめんなさい」

耐え切れず謝ると、「うふ、うふ」と彼女が笑った。

そうしてふと私から視線を外し、テーブルの上、自分の両手の中の未だ口を付けていない湯呑を見やった。

「あの子が、四歳くらいのころやったかねえ……」

彼女のゆったりとした昔話は、二人しかいないはずの広間によく響いた。

数年前。当時、幼かったくらげは幼稚園にも保育園にも通わず、この家で過ごしていたそうだ。

父親は仕事で、医者であった祖父はまだ現役。二人の兄は学校があり、くらげの面倒はほとんど祖母である彼女が見ていた。

とはいえ、彼はそれほど手間のかかる子ではなかったという。

「夕方になると、一人で庭に出て行ってねぇ……玄関に座って、じぃっと二人のお兄が帰って来るのを待つんよ。帰って来たち、お帰りも言わん、遊んでも言わん。やけんど、毎日、毎日ねぇ。そいで、後から帰って来た方の後ろについて、家にもんてくるんよ」

庭に出て兄の帰りを待つ幼いくらげの姿。何となくだがその光景は想像できる。私が知っている彼も、待たすよりは待つ方だ。

けれども、その日は少し様子が違っていたそうだ。

「二人のお兄は帰って来たけんど、あの子の姿が見えんでねぇ。家にもおらん、庭にもおらん。二人に聞いても、どっちも、『見とらん』 言うろうが。あの時は肝が冷えてねぇ……」

それから、彼女と二人の兄でそこら中を探し回ったが、くらげの姿はなかったそうだ。その内、連絡を受けた祖父も帰ってきて一緒に探したが、見つからなかった。

「そろそろ日も落ちてくる。こらぁもういかん警察じゃと言うてな。……そん時よ。下のお兄が、『おった』 言うたんよ」

いつの間にか、私はお茶も飲まず菓子も食べずじっと彼女の話に聞き入っていた。

話を続ける代わりに彼女はふと首を曲げ、ある方向を見やった。私も釣られるように同じ方を見やる。

その視線の先には花の絵をあしらった襖があった。押し入れのようだ。

もしかして、くらげはあの押し入れの中に居たのだろうか。

「この家ん外の、塀の向こうは竹林になっとろうが」

彼女の言葉に私は小さく頷く。確かに、ここに来るときにも見たが、この家の東側には竹林が広がっている。

「あそこは昔畑でねぇ。そこで使われとった水溜め。……そん中に、おったんよ」

そう、彼女は言った。

彼女が言う水溜めとは、随分昔にその竹林が畑であった頃、農業用の貯水槽として使っていたものらしい。

水溜めはコンクリート製で形はほぼ正方形、一辺は大人の背丈程、山の斜面に半ば埋め込むようにして置かれているのだそうだ。

昔は山から水を引いて溜めていたのだが、今は蓋がしてあり、中は空だという。

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幼いくらげは、その中に居たのだ。

他の三人がそこに駆け付けた時、水溜めの蓋は僅かに開いていた。

下の兄に訊くと、見つけた時は完全に閉まっていて、開けようとしたが鉄製の蓋は重たく、少しだけずらすのが精いっぱいだったという。

くらげが水溜めの底から引き揚げられた時、四歳の彼は、泣いてもいなければ、怯えてもいなかったそうだ。

祖父が何故こんなところに居たのかと尋ねると、幼いくらげはこう答えた。

――お兄ちゃんと一緒に入った――

「そう、言うたんよ」

そこで初めて、彼女は自分の茶を飲んだ。

二人の兄は二人とも、「知らない」と答えたそうだ。

くらげが一人で水溜めに上り、落ちたのではないことははっきりしている。中に入るには鉄製の蓋を外さなければならないし、誤って落ちたのだとすれば、一つの怪我もなかったことが不自然だ。

けれども、くらげは水溜めでの出来事については、それ以上何を訊かれても一切答えなかった。二人の兄の内、どちらがやったのかと訊いても、正直に言いなさいと叱っても、俯いて頑なに口を閉ざし続けた。

そんな弟を、上の兄はまるで興味なさげに、下の兄はまるで理解できないといった風に眺めていたという。

結局原因も理由も犯人も分からないまま、この騒動は幕を閉じることとなった。

ただ、その日以降、くらげが外で兄の帰りを待つことは無くなったそうだ。

語り終えると、彼女は二口目の茶をゆっくりと口に運んだ。

「はよう飲んでしまわんと。茶が冷めようが」

彼女の言葉に、私ははっと我に返った。

それは、私のぶしつけな質問に対する長い長い返答だった。

二人の兄のうち、どちらかが彼を閉じ込めたのだろうか。

考えるほど嫌な気分になりそうだったので、私は封を開けた菓子を口に放り込むと、残りのお茶を一気に飲み干した。

「悪いんですね。仲」

つまりはそういう事だろう。しかし、彼女は否定も肯定もせずただ、「うふ、うふ」と笑うだけだった。

その後、いつまでもご馳走になっているわけにもいかないので、私はおいとますることにした。

くらげの様子を見て行こうかとも思ったが、何だか恩に着せるような行動に思えて嫌だったのと、風邪がうつると面倒なので止めておくことにした。

「あの子はねぇ、まあ、よう変わっとるけんど……」

玄関にまで行く途中、私の後ろで彼女が言った。しばらく待ってみたが、その続きはなかった。なので私は振り返り、彼女に向かって答えた。

「知ってます」

彼女が私を見やり、「うふ、うふ」と笑った。私も笑い返す。

私の見解としては、彼はひどく生真面目で、休み時間は大抵本を読んでいて、友達はあまりおらず、全体的に動きが遅く、ひょろく、白く、そしてえらく変わってはいるけれど、少なくとも、まあ、悪い奴では無い。

最後に本日の目的であったはずのプリントを渡し、「ご馳走様でした」と言って家を出た。

空は相変わらず曇っていたが、まだ雨は降っていないようだった。

門を抜け、私はふと、先ほどの話に出てきた東側の竹林を見やった。

長く青い幾本もの竹が、ざらざらと、風に吹かれてみな同じように揺れている。

足が向いた、という言葉があるが、あの時の私がまさにそれだった。

いつの間にか、私は家を囲む塀に沿って、竹林の方へと向かっていた。

昔は畑だったというその場所には、過去の名残が微かに残っていた。

急峻な斜面を段々に削って畑にしていたらしく、崩れかかった石垣が何段も連なっていた。上下の畑をつなぐ道らしき跡もあった。

一瞬躊躇するも、私はその薄暗い竹林の中に足を踏み入れた。

思っていたよりも近く。少しばかり歩き、石垣を数段上った場所にそれはあった。

各辺が二メートルほどの、ざらざらした粒の荒いコンクリートの箱。水溜めは、最初からこうだったのか、年月がそうさせたのか、いやに黒っぽかった。

一枚蓋かと思っていたのだが、水溜めは、長方形の薄い二枚の鉄板で蓋がされていた。

動かそうとしてみたが、ちょっとやそっとの力ではびくともしない。

よくよく見てみると、二枚の蓋は中心が少しだけずれて隙間が空いていた。

そっと中を覗いてみる。

暗い。水溜めの中は、まるで墨を溶かしたような暗闇だった。

隙間から差し込む微かな光が、辛うじて湿り気を帯びた内部をほんの少しだけ照らしている。

ふと、暗闇の中に何かの気配を感じた。

昆虫か小動物だろうか。何本もの足を持つ生き物が、水溜めの中を這いずりまわっているような。

風もないのに、頭上でざらざらと竹が揺れた。

その瞬間、水溜めの中の、『それ』 が私に向かってぐっと身体を伸ばしてきた。

もちろんそれは想像上の出来事でしかなかったが、私は思わずのけ反り、危うく水溜めの上から転げ落ちそうになった。

蓋の隙間からは何も出てこない。ただ、中を覗いている間、私は自分がほとんど息をしていなかったことに気が付いた。

気が付けば、ここに来るとき自然に足が向いたように、今度も勝手に私の足は竹林の外へと向かっていた。

幼いくらげは、見つけてもらうまでの間ずっとあの中に居たのだ。

私は思う。もしもあの中に閉じ込められたのが、五歳の頃の私だったらどうなっていたか。きっと泣き叫んで、閉じ込めた奴を絶対に許さなかっただろう。

上の兄がやったのか、下の兄がやったのか。二人の共犯ということもあり得る。その時ふと、二人以外の誰かという可能性に思い至った。

祖母の話によれば、くらげは、「お兄ちゃんと一緒に入った」としか言わなかったのだ。

しばらく考え、匙を投げる。

誰が犯人にせよ、くらげはそれ以上何も話さなかったのだ。そいつを庇っていたのだろうか。彼らしいかなと思う反面、理解はできなかった。

竹林を抜け、家の門の前まで戻って来た時だった。

門前の坂道を、誰かが自転車をついて上ってきていた。

知らない顔だったが、見覚えのある高校の制服を着ている。

この家の先には山しかなく、私のように何か用事のある者でなければ、彼はこの家の次男であるはずだった。

似てない。と最初に思ったのはそれだった。背が高く、どこか浮ついた雰囲気がある。

すれ違う際、彼は、『何だこいつ』 とでも言いたげな目でこちらを見やった。

むっとした私が同じような目で見返してやると、彼は目を瞬かせ、小さく肩をすくめて門の内へと入って行った。

しばらくの間その背を眺めた後、短く息を吐き、私は歩き出した。

自分だったら、ぶん殴ってる。

雨はまだ降ってはこないようだった。そんな中、私は一歩ごとにわざと大きく足を蹴り上げ、手にした傘で空中に描いた巨大なアヒルのコックさんをバッタバッタと切り伏せながら、下手に見える街並みに向かって急な坂道を下りて行った。

(了)

 

怪談社 乙の章 (恐怖文庫) 伊計翼

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