【稲川淳二】奥多摩の古旅館【ゆっくり朗読】298
2021/05/26
これはねぇ、不思議な話なんだけど。私が経験した話なんですよ……
奥多摩にね、東京から見える日の出を録りに行こうと言うことになりまして正月に放送する日の出…12月にね。
本当は嘘になっちゃうけど、先に録っちゃおう……ってね。
結構、こういうことするんですよ、メディアは(笑)そんで、都会での仕事が終わった後に奥多摩に向かったんですよ。
出発したのも遅い時間でしたから、目的地についたときは大分遅かった。
夜中の1時ぐらいかなぁ?……奥多摩って空が狭いんですよ。
山が寄り添うって言うか、迫っているから空がね狭い……星は見えるんですけどね。
遅く着いたら、旅館の女将さんがわざわざ待っていてくれて、「どうも、お疲れ様です」
こちらもね「遅くにすみません。よろしくお願いします」って
「お荷物お持ちします」って言うから、「いいですよ」って言ってね、自分で荷物持ってさ、部屋に案内してもらった。
「こちらです」
そしたら、そこ蔵なんだな。
蔵をね、改造してるの。
だから中は白い壁なんですよ。清潔で気持ちいいんですけどね。
私の部屋は、3部屋ある内の一番奥。
窓を開けてみたら、私たちのロケ車が見える。
「ああ、そうか。ちょうど駐車場の裏手に面しているんだなぁ」と思った。
遅く着いたんだけど、日の出を録るのに、山を登っていかなければならないから……3時には出発しなければならないんだ。
寝ている時間はないし、休まなくちゃ疲れちゃうしね。
上着だけとって、ごろんと横になった。
その内、うつら、うつらしてきてね……だめだ、寝たら余計つらくなると思ってさ、ひげでも剃ろうって起き上がったんだ。
そしたら、部屋に洗面所無いんだよね。
後で聞いたら、部屋にあったんだけど、どうした訳か、そのときは見つけられなかった。
そこで、そうだ、母屋へ行って剃ろうと思ってね、洗顔道具持って、下駄をひっかけて外に出たの。
そしたら、どこが母屋か分からない。
鬱蒼と木が迫っていて、周りは真っ暗なんだよね。
母屋はどこだ?って見渡したら、真っ暗で良く見えないんだけど……
下から川の流れる音がするんだ。
「ザーーーー」ってさ。
見たら、下にトタンの長い屋根が見えるんだ。
あぁ、そうか!母屋は下なんだなと思った。よくあるじゃないですか、駐車場は上で、母屋が下という造り。
母屋は川に面していて、きっと春や夏、秋は季節の花とか見れてね、窓辺から釣りが出来るんだろうなぁ。
いいなぁと思いましたよ。
石の階段があってさ、そこを暗いから、慎重に降りて行った。
下に着いたら「ぐしゃ」って湿っているのね川辺だから。
一面に落ち葉が敷き詰めるみたいに落ちている。絨毯みたいですよね…
ぼんやり入口が明るいんだ。
曇りガラスに格子の昔風の玄関でしたよ。
ガラガラって開けて中に入った。
入ったら、中が暗いんだ。普通、旅館って夜中でも明るいものでしょ?……
でも、暗いんですよ、部屋に電気付いてないの。
長い廊下が、ずーっとあって……私、そこにスタッフが居ると思ったから。
普通、人が居れば気配がするじゃないですか。
でも廊下渡って行っても人の気配が全然無い。
妙に空気が緊張していてね。嫌だなぁと思ったら、右に曲がる少し上がり坂の廊下があってさ……
そこをヒョイと見たら、昔風のステンレスの共同洗面所があって、柱に小さいけど長い鏡が架かっていた。
不思議に薄ぼんやりと明るかったなぁ、そこ。
まぁ、「これでもいいや」と思って……お湯は出ないけど、水が出たからそこで髭を剃ってさ、次に歯を磨いていたら、後ろから、ザザーッ、カツーン、カツーン、ザザーーッ
って水を流す音と、物が当たる音がするんだよね。
あぁ、そうか、今頃風呂掃除してんだ。旅館ってさ、夜遅くまで遊んで風呂入る人もいれば、朝早く入る人もいるじゃない?
こんな時間に風呂掃除……大変だなぁと思った。
そしたら、誰かが私の後ろを通った気配がしたから、ふと鏡を見たら、一瞬ほんの一瞬、鏡からフレームアウトする一瞬にアップにした髪と……灰色って言うか銀色っぽい着物の襟が見えた。
ああ、女将さんだと思って、「大変ですね」って声を掛けたんだけど、何も言わない。
別にいいけどね、そんなの。
こっちは用が済んだから、また来たほうの廊下へ戻ってさ、出口の方へひたひたと進んだ。そしたら、途中でいきなり寒気を感じたんだ。
もちろん、12月で寒かったんだけど、その寒気と違う。
「ぞくっ」とした。
こりゃいけないやと思ってね、下駄ひっかけて、扉開けて閉めてさ……
もと来た階段上がって、急いで自分の部屋に帰った。
そしたら、外から人の声するから、外見たら、駐車場にスタッフが集まっている。
そろそろ出発の時間だ。
私も必要なもの持って、駐車場に向かった。
旅館にはお昼近くに戻りました。
日の出の撮影、これは、最高にうまくいったの!
後は、こんな料理ありますって、料理の紹介を撮影するんだけど……私は暇なんだよね、することないから。
で、何気なく女将さんに
「昨夜は参っちゃった。髭そろうと思ったら洗面台無いから、母屋行って剃ったんだけど、最初迷っちゃって」って言ったら
「えっ、稲川さん来られたんですか?何時ごろ?・それに、お部屋には洗面所ありますよ」って言うんだよね。
「ええ、行きましたよ、夜中の2時半ごろかなぁ、洗面所は気付かなかったなぁ」
「私、起きていましたけど…本当にいらっしゃいました?」
その時気が付いた。
私、駐車場の下に降りていきましたよね。
でも料理録っているここ、駐車場と同じ1階なんだ。
だから……「あ、違う、違う。ここじゃなくて、下の階段降りた長い屋根の建物のほう…」って訂正した。
そしたら女将さんが
「えっ、稲川さんあそこへ行ったんですか?あそこ、うちじゃありませんよ」って言うんだ。
「え?じゃ、私、他所の旅館行って髭剃っちゃったんだ」
って笑ったら女将さんが真剣な顔して
「あそこ、私たちが来る前から、旅館やめていて……入れたんですか?」って聞く。
「ええ、入れましたよ」
「明かりついてました?」
「ついてましたよ……だって現に私、そこで髭剃ってるんだから」
そしたら女将さん、隣の仲居さんと、「明かりついてたって、誰か来ているのかしら?」と言っているんですよ。
「お湯は出ましたか?」
「お湯は出なかったけど、水はでましたよ。そうだ、そしたらあそこの女将さんが風呂掃除していて、私、大変ですねって声かけたんですよ。何も言ってくれませんでしたけどね」
って言ったら、女将さんと仲居さんの顔色が、突然サーッと変わってさ
「稲川さん、それ、本当ですか?」って、聞くから
「本当ですか?って、本当ですよ!」
「稲川さん、あそこお風呂場無いんです」
「嘘だぁ、だって、女将さん掃除してたもん」
「違うんです、あそこ昔、お風呂場から出火して、そこで女将さん焼け死んでるんです」って言うんですよ。
私、びっくりして、気になったもんだから、「ちょっと、見に行ってくる」って一人で外に出ました。
まだ昼で、明るいですからね。行ってみたら、階段だって思っていたところ崖でした。
崖になっているところ、とんとんと降りて行って……下に付いたら、「ぐしゃ」って、あぁ昨夜と同じだと思って。
玄関に行って見上げたら、明かり無いんですよ。
電気の傘はあるんだ。でも、電球が無い。
「でも、昨夜は明るかったよなぁ?」と思ってさ、玄関ガラガラと開けてみたら、何かに引っかかって20センチ位しか開かないだよね。
あれぇ、昨夜は普通に開いたのに。
隙間から除いてみると、下駄のあとが玄関にある。
明らかに私の下駄の跡だから、「やっぱり、私来ているんだよなぁ…」と思って長い廊下があって、昨夜と同じ風景、だけど、嫌に埃っぽい。
確かに長年使われた形跡が無いと分かるんだ。
でも…やっぱり来たよなぁ。
私、確かめたくて、体斜めにして中に入ろうとしたら……これが不思議なんだけど、頭の中でもう一人の自分が、「入るな、入るな!」と言うんですよ。
でも、確かめたいじゃないですか。
確かに私は髭剃っているんだから。
それで入ろうとしたらまた「行っちゃいけない、行っちゃいけない!」って頭に響くんだ。
嫌な予感がしたから「や~めた!」って、ぴしゃっと扉を閉めた。
そしたら、光線の加減で、扉の曇りガラスに、後ろの景色が写った。
「ん?…」
何かが写った。
玄関の曇りガラスに、私の後ろの風景。
私後ろ振り向いた、そしたら……
「!!」
私の後ろ、崖の斜面、全部墓場なんですよ。
私の周り、パーッと古いお墓がいっぱいあるの……
で、一部が崩れてる。
崖かと思って降りてきた場所、墓や、取り囲む壁が崩れて出来た階段だったんです。
私、墓を踏んで下に降りてきたんですね。
帰り道スタッフが言ってました。
「稲川さん、あそこの旅館の女将、誰も来ない旅館で風呂掃除して、お客を待っているんですかね?」って。
……そうなんでしょうね。
12月の奥多摩は旅行客来ないんですよ。
それでも女将さん、毎日風呂掃除してるんですよね。
この話は私、怖いというより、なんか悲しいというか、寂しいというか……
あるんですね。
(了)
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