【厳選】 怪談・都市伝説・怖い話まとめ

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目黒十七が坂の怪異

   

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私の地元に《十七が坂》(じゅうしちがさか)という坂がある。この坂はある曰くつきの坂で、地元では少し有名だ。

原著作者:ホラーテラー 2011/01/06 22:29

一説によると、この坂で子供が転ぶと、その子供に十七歳の時に災いが起きると言われている。

私が子供の頃も、怖い話の一つとして、この坂は近所の子どもたちの間で大変に有名であった。

小学生時代のある日、私は絵夢くんという友人と他の友人と数人で、外で自転車に乗って遊んでいた。

するとしばらくして、同じクラスのちょっとヤンチャなガキ大将的なグループと遭遇した。

話をすると、ガキ大将グループはこれから《十七が坂》に度胸試しに行くという。

話の流れで我々のグループも付き合わされることになり、自転車で列を作って一緒に《十七が坂》に向かった。

程なくして《十七が坂》に着いた我々。

しかし、度胸試しと言っても、そのような少し怖い逸話があるというだけで、《十七が坂》自体は少し急なことを除けばコンクリート造りの都心の住宅地にありがちな至って普通の短い坂であり、見た目が不気味なわけでも周辺が薄気味悪いわけでもない。

昼間で明るかったこともあり、そこにいるだけでは何の度胸試しにもならないので、ガキ大将グループの面々は、わざと坂の途中で自転車のハンドルから両手を離したり、ペダルの上に立ったりして、けして転んではいけないこの坂でわざと転びそうなことをすることで、自分達の勇気を競い合った。

我々のグループは度胸試しをするつもりは毛頭なく、ただガキ大将グループのサーカスを坂の上から呆然と眺めていた。

やがてガキ大将グループの一人がそんな我々の様子に苛立ち「お前らも何かやれ」と言い出した。

不本意ながら、我々のグループの代表として私もサーカスに参加することになった。

私は自転車で坂を下り、坂の途中で少しだけウイリーしようとしたり、片手離し運転で蛇行したりした。

しかしガキ大将グループは、自分たちは大したことをやっていないにも関わらず私のパフォーマンスに満足せずに、私を「ふぬけ」「根性なし」と言って茶化した。

私は自棄になって、自転車で両手放しで拍手しながら坂を下りたり、両手を大きく広げて歌いながら坂を下りたりし、これでもか、これでもかと次々と危険なことをしてガキ大将グループの笑いを誘った。

やがてその場は、私専用のサーカス・ショーになっていった。

いくつかのパフォーマンスを経て、私が自転車で両手放しをし、歌を歌いながら蛇行運転で坂を下っていたとき、私はついにバランスを崩して転倒してしまった。

坂の途中で自転車から転げ落ち、コンクリートの地面に手や肘などを打ちつけ、擦りむいてしまった。

ガキ大将グループの面々は痛がる私を見て大爆笑。

私が十七歳で死ぬことが決まったと言って、腹を抱えて笑っていた。

坂の上から私のグループの数名が私を心配し、自転車に乗って私のいる坂の中腹まで下りてきた。

痛みが一段落して、私がふと、坂の上を見ると、私と特に親しい友人であった絵夢くんは、ただ一人私の近くへ来ずに、坂の上で自転車に跨ったまま呆然と立ち尽くしていた。

なぜ絵夢くんは来ないのかと私が不思議に思うと、別の友人が「怖いんだって」と教えてくれた。

臆病なところがあった絵夢くんは、少し急な坂である《十七が坂》を自転車で下りるのが怖いので、ただ一人その場でじっとしていたのだった。

私の一人サーカスという余興が終わり、ガキ大将グループも満足したようなので、我々は私の傷の手当の目的もあって、いったん家に帰ることにした。

私は自転車を押して坂を上がり、絵夢くんのいる坂の上へ向かった。

すると、絵夢くんのいる場所まであと2メートルほどのところで、絵夢くんが突然「うわあ!」と声をあげた。

そしてまるで誰かに押されたかのように、絵夢くんは急に自転車ごと前につんのめるような形でこちらに向かって突進してきた。

絵夢くんは私の横を抜け坂の中腹まで行くと、自転車から放り出され頭から転げ落ち、顔を思い切りコンクリートに打ち付けた。

右の額あたりを強打し、顔面の右半分を擦りむいた絵夢くんの顔は血まみれとなった。

絵夢くんは顔を上げると、ショックで声を出さないまま、ただボトボトと血を垂らし、じっと痛みに耐えていた。

絵夢くんが転んだ時の衝撃音に驚き、近所のオバさんが近づいてきた。

オバサンは絵夢くんを手当し、救急車を呼んで、絵夢くんは病院へと運ばれていった。

検査の結果、絵夢くんは骨には異常はなかったものの、顔面や肘や膝、肩、手のひらなどにたくさんの擦り傷を作り、特にコメカミのあたりには挫滅創という大きめの傷ができてしまって、一生傷となってしまった。

絵夢くんは体に大きな異常は無かったので翌々日から学校に登校した。

しかし《十七が坂》の件がよほどショックだったのか、話しかけても無言なままで、自然と会話ができるようになるまでには随分と時間がかかった。

私は絵夢くんが転ぶ前、坂の上から急に飛び出してきた原因について知りたかったので、そのことを絵夢くんに尋ねた。

絵夢くんは《十七が坂》の上で、誰かに後ろから押された、と言った。

はじめ、絵夢くんは後ろに人の気配を感じたので、誰かと思って振り返ろうとすると、突然後ろからドン! と押されたという。

私が坂を上がって絵夢くんに近づいていたとき、坂の上には絵夢くんしかおらず、絵夢くんを押すような人物は周りに一人もいなかった。

しかし、絵夢くんは適当なことを言って茶化すタイプでも、人を欺くタイプでもなかったので、絵夢くんが嘘をついているわけではなさそうだった。

原因が分からぬまま、ただ不気味な印象だけが漠然と、坂の思い出と共に私の記憶に刻まれた。

絵夢くんと私は中学で別々の学校となり、付き合いはあまり親密ではなくなった。

《十七が坂》の件は当時の私にとって印象的なことではあったが、私はやがて時と共にそのことを忘れかけていった。

まして、《十七が坂》で転んだ絵夢くんや私の身に、十七歳の時に何か災いが起きるかも知れないとは全く想像すらしなかった。

しかし、その考えが一変したのは、絵夢くんと私が十五歳の時、高校に入学したての頃だ。

中学時代ではなかなか会う機会が無かったけれど、高校生になったので久々に会おうとでも思ったのか、絵夢くんともう一人の友人が十五歳の時、私の家を訪ねてきた。

私は絵夢くんを見るなり大変に驚いた。

絵夢くんは中学時代にどういう訳かクラスで少し人気者となり、中学デビューのような感じで少し垢抜け不良っぽくなっていた。

しかし驚いたのはそのことではなく、彼の顔にある痣だった。

まるでパンダのような顔面の大きな赤黒い痣。

絵夢くんがあの時、《十七が坂》でぶつけたコメカミ、一生傷となったその挫滅創を中心として、半径5cmばかりの円形の痣が、彼の右の顔面に広がっていたのだ。

小学校を卒業するまでは、彼の顔にそんなものはなかった。

中学時代に何度か会った時もそんなものはなかった。

しかしまるで突然、何かの呪いにでもかかったかのように、ここ数年で突如そんな痣ができていた。

絵夢くんに痣の話をしてみると、意外にも彼はあまり気にしていないようで、まして呪いなどとは思ってもいないようだった。

ただ、コメカミの辺りはたまに痛むそうで、《十七が坂》の件はその度に思い出し、忘れたことは無いという。

傷跡は何の前触れもなく、突如として痛みだす。

そのことで絵夢くんは、自転車などに乗っていて突如の痛みにバランスを崩し、危険な目にあったこともあると言った。

まさかそれが呪いの影響によるものとは信じていなかったが、傷が痛むたび、どうしても彼は十七歳での災いについて意識せざるをえなかった。

しかし彼はその時まだ十五歳で、災いの起きる年齢の十七歳とは関係がない。

仮に何らかの呪いで、傷跡の痛みで事故が起きるとしても、二年も先の話だ。

しかし「二年後には、本当にどうなるか分からないよ」と、絵夢くんは冗談めかして言った。

そして、その時は同じく転んだ私も無事ではないと言って、二人して大声で笑った。

そんな絵夢くんとは、それからしばらくして、彼が十六歳の時に再会した。

垢抜けた不良のイメージで、少し豪快な印象すらできていた十五歳時の絵夢くん。

しかし十六歳の時に家に訪ねてきた絵夢くんはその時とは一変し、げっそりとやつれた様子で、塞ぎこんだような顔をしていた。

彼は「自分は死ぬかも知れない」と言って、極度に怯えていた。

彼の顔の痣は十五歳の時より更に大きくなり、顔の半分ほどの大きさになっていた。

彼は十五歳の時に私と会った後も、傷跡の痛みで何度も危険な思いをしたと言った。

十六歳になり、彼は原付の免許を取ったが、彼が原付を運転していると、まるで彼を殺そうとするように狙ったように危険なタイミングで、突然に傷跡の痛みが襲ってくるという。

彼が電車に乗ろうと駅のホームで待っていると、ちょうど電車がホームに近づいたときに突如、傷跡の痛みが襲って、危うく線路に転落しそうになったこともあったという。

私はその時、彼の怯えた様子にとまどい、彼に何と言葉をかければいいのか分からなかった。

その上、彼が話す突拍子も無い話を、そのまま真実と受け取ることができなかった。

私は彼に碌なアドバイスも出来ぬまま、恐怖を訴え続ける彼を半ば無理矢理、家から追い出してしまった。

 

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絵夢くんの訃報を聞いたのは、それから二週間ばかり後だった。

原付による単独の交通事故だった。

十六年という大変に短い生涯だった。

傷跡の痛みが事故に影響したのか、それは分からない。

ただ、ひとつ言えるのは、彼が十六歳であり、十七歳ではなかったということだ。

昔から言われているような、《十七が坂》が原因の、十七歳で起きる災いではなかった。

絵夢くんの葬儀では、久々に小学校時代の仲間が集まった。

必然として、話題は絵夢くんの死の原因と、《十七が坂》の関係の話になった。

誰が言い出したのか、その時に皆で《十七が坂》にお祓いに行こうという話になり、葬儀の翌日に集まり《十七が坂》に向かうことになった。

急なことで霊媒師のあてもないので、お清めの塩だけを持って、翌日、数人でお祓いのため《十七が坂》に向かった。

しかし私はと言うと、そのお祓いには参加しなかった。

嫌な思い出のある《十七が坂》に行く気がしなかったのと、そのお祓い自体が絵夢くんの死に対する冒涜のようにも感じられたからだ。

皆がお祓いに行っている時間、私は家で待機していた。

するとしばらくして、お祓いに行った数人が血相を変えて私の家に駆けつけてきた。

お祓いのメンバーは《十七が坂》がない、《十七が坂》がない、と言って、大騒ぎしていた。

聞くと、いくら探しても、あるはずの場所に《十七が坂》が見つからないと言う。

私は小学校以来、《十七が坂》を歩いていなかったが、《十七が坂》が無くなるような大きな工事は記憶にない。

私はきっと何かの勘違いだろうと思って、お祓いのメンバーを落ち着かせ、家に帰らせた。

それから二十年近い月日が経った。

三十代も半ばの中年となった私は、最近よく絵夢くんのことを思い出していた。

言い伝えでは十七歳で災いが起きるはずが、十六歳で亡くなった絵夢くん。

同じく坂で転んだ私には、十七歳時にこれといった災いは起きなかった。

絵夢くんの死と《十七が坂》は関係がないのか。

私はそれを確かめようと考えて、何十年かぶりに《十七が坂》に足を運んでみることにした。

家から《十七が坂》までの道を歩く途上、私は絵夢くんのことを考えていた。

そして、あの十七歳での災いというのは、実は昔使われていた数え年での十七歳で、現代に直すと十六歳での災いになる場合もあるのではないかと、その時に初めて気がついた。

これなら絵夢くんが十六歳で事故死したのと矛盾がない。

しかしそんなことが分かっても、私に十六歳時に何も起きなかった理由にはならない。

お祓いのメンバーが無くなったと大騒ぎしていた《十七が坂》は、当たり前のようにあるべき場所に存在した。

私の背が大きくなったからか、少し坂が小さくなった気がしたが、坂の全体の様子は昔と何も変わらない。

私は絵夢くんが自転車に跨っていた場所と同じ《十七が坂》の上に立ち、下を見下ろした。

絵夢くんが自転車で下りるのを怖がった急な坂。

坂の中腹には、私や絵夢くんが転んだ場所もあった。

私は当時のことを思い出しながら、ゆっくりと坂を眺めていた。

すると背後から、突如として何か人の視線のようなものを感じた。

私が驚いて振り返ると、そこには誰もいなかった。

しかし私は、どうも自分の顔より下の位置からじっと誰かに見られているような気がしてならなかった。

まるで自分の目の前に小さな子供が立っていて、その子供が私の顔を見上げているような気がしたのだ。

私がゆっくりと目線を下におろすと、そこにはやはり誰もいなかった。

しかし目線を下ろしたことで、一瞬、誰かと目が合ったような気がした。

誰かと目が合い、じっと顔を覗き込まれている気がする。

私はぞくぞくと寒気を感じ、瞬時にして多量に冷や汗をかいた。

そのまま私は焦りと緊張で微動だにできず、硬直したまま時間だけが過ぎていった。

すると、ふっと、急に今まで感じていた視線を感じなくなり、目の前から人の気配も消えた。

そして私の緊張もだんだんとほぐれていった。

私の前に立っていたのは誰だったのか。

小学校時代のあの時、絵夢くんを押した誰かなのだろうか。

私は緊張がほぐれた後も、その場でしばらく、ただ呆然と立ち尽くした。

やがて私は坂を下り、坂のふもとへ歩いて行った。

そして、絵夢くんに手向けるために買った花束を道の脇に置き、両手を合わせ、絵夢くんの冥福を祈った。

そして今一度、もう二度と訪れないであろうこの坂を、下から見上げてみた。

坂の上には何もない。誰もいない。

しかし私には、やはり坂の上に誰かがいて、こちらをじっと見下ろしているような、そんな不気味な感覚があった。

私が坂を眺めるのをやめ、後ろに振り返ると、背中に誰かの強い視線を感じた。

しかし私は振り返らず、そのまま黙って歩きだし、《十七が坂》をあとにした。

(了)

補足・《十七が坂》について

目黒三丁目五番と十八番の間を、長泉院方向へ上る急坂が《十七が坂》である。

宿山と目黒不動尊を結ぶ庚申道の難関がこの坂越えであったという。

そのため、この坂道を利用するのはもっぱら若者ばかりで、老人や子どもは坂下から西方へ迂回して藤の庚申で庚申道に合流する回り道を利用したという。

あまりに急であったため、子どもが坂道の途中でころぶと、十七歳になったとき不祥事が起きるという話が坂名の由来と伝えられる。

また、坂上の板碑型庚申供養塔には、江戸時代の中目黒の有力者十七名の名が刻まれ、あるいはこの碑から《十七が坂》の名が生まれたともいう。

坂は今でも急で人通りも少なく、沿道に民家の木立が続いている。

 


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