【稲川淳二】乗客は死神【ゆっくり朗読】193
2021/05/29
この話はね、怪談といえば怪談なんですよ。
なんだか妙な話なんです。ですから、あなたが判断してみてください。
奈良に住んでいる楠本さんという人が友人と二人、和歌山から帰ってきたわけです。
それで家路を急いで運転していた。
と、だいぶ傾いた秋の夕日を帯びて前を一台タクシーが走っている。
なんだかタクシーのスピードが遅い。
多少蛇行もしているので楠本さんが「なんだあのタクシー、妙な走りをするな?」と言った。
スピードが緩いからみるみると追いついていく。そしてタクシーをスッと追い越した。
その瞬間!楠本さんは声を上げた。
隣に乗っていた友人が「どうした?」と聞いたんですが、楠本さんが
「おい!今のタクシーさ、空車の赤ランプがついていたんだけど、後部座席になんだか気味の悪いものを乗せていたんだよ!」
それで友人がタクシーを見ようとしたので、楠本さんが車の速度を緩めた。
すると後ろのタクシーは追いついてきて、楠本さんの車を追い越すときにタクシーと楠本さんの車が並ぶような形になった。
今度は友人が声を上げた。
「おいなんだ今の!」
というのはこのタクシーの後部座席、そこに頭がぐっしょりと血に濡れた女が座っていた。
その女が血に染まった左手を前に出して前方を指さした。
何かパクパクと言っている。
ところが運転手は前方を黙って見たまま動じる様子がない。
「おい!あの運転手気づいていないんじゃないかな?」と楠本さんは言った。
すると友人の方は「あの血だらけの女なんなんだよ!おかしいぜ」
それで楠本さんが「運転手に教えてやるか」と言った。
またタクシーを追い抜くと、ちょうど信号があり、赤信号で止まった。
後ろからタクシーがやって来る。
タクシーが止まったら言ってやろうと思っていると、タクシーは速度を緩めない。
そのまま信号を無視して交差点に入っていった。
「あら?」と思った瞬間、走ってきたトラックとぶつかった。
自分たちの車を脇へ寄せて楠本さん達は飛び出した。
そして救急車と警察に通報した。
タクシーに近づいていくとトラックの方から運転手が降りてきた。
タクシーのところへ行ったがドアが開かず、鍵がかかっていた。
エアバックが広がっており、運転手がエアバックに挟まれているような形で俯いていたんだが、顔が見えない。
窓を叩いても反応が無い。どうやら気を失っているらしい。
楠本さんと友人は後ろの座席を見た。
後部座席に居るはずの血に染まったあの女がいない。
もちろん出てくる姿なんて見ていない。
その時、妙に二人はゾクッとした。
やはりあの女はこの世のものじゃないんだな と感じた。
しばらくして、サイレンが聞こえ救急車がやってきた。
ほとんど同時にパトカーがやってきて警察官が降りてきた。
そして通報者で目撃者でもある楠本さんと友人に事情を聞いた。
でもその時に「タクシーの後部座席に頭からぐっしょり血に染まった女が居て前方を指さしながら何かを言っていた」なんて言えない。
そんなことを言おうものなら、何をおかしなことを言っているんだと思われるに決まっている。
ヘタをしたら疑われるので言えなかった。
「自分たちが走っていたら多少蛇行しながら遅いタクシーがいた。そこで注意してやろうと思って信号で自分たちは止まって待っていたが、タクシーはスピードを緩めないまま交差点へ入り、ぶつかったんです」
そんなふうに話していると、タクシーのドアが開いた。
運転手が運び込まれていく。
その時に救急隊が騒がしくなった。
電気ショックを与えている。
しばらくそれが続き、終わった。
救急隊の人がやってきて、
「運転手を外に出した時には既に心肺停止状態だったんです。蘇生を試みたんですが、無理でした。亡くなりました」
と言ったのでゾクッとした。
見れば大した事故じゃない。
トラックだってゆっくりと走っていたし、タクシーだってスピードは出ていない。
この二台がぶつかっただけで、多少前がへこんだくらい。
おまけにエアバックがあるので間違っても大した怪我はしないはずなのに、死んでいたと伝えられ、二人は驚いた。
いったいどういうことなんだろうと思ったがその日は家に帰った。
それから二日後、楠本さんに警察から連絡があった。
「誠に申し訳ないんですが、先日の事故なんですけども。あの事故が起きるまで、どういうことがあったのかをもう少し詳しく聞かせてもらえませんかね?」と言う。
楠本さんも気になったものなので「何かありましたか?」と聞いてみた。
すると警察官が
「実はあの運転手さんなんですが、あの事故に遭う遥か前に……既に死んでいたことがわかったんです」
そう言われ、再びゾクッとした。
楠本さんはやはり頭からびっしょり血に濡れた女が前方を指さしていたなんて言えない。
なので前と同じ事を言った。
友人にそのことを話すと「おいよせよ。なんなんだよ。というかあの女どうなっているんだよ」
結果的にどうなったかというと、運転手が運転中に心臓発作を起こした。
そしてそのまま運転し、交差点でトラックとぶつかった。
救急隊が来て運転手の蘇生を試みたのだが、既に亡くなっていて助からなかった。
話はそれで合っている。
合ってはいるが肝心なところが違う。
実は既に亡くなっていた。
二人が見かけた、タクシーが蛇行していた時は既に運転手は死んでいた。
話としたら、今話したように交差点に突っ込んでいってトラックとぶつかった。
それで救急車が来て助けだしたら死んでいた。
このほうが辻褄が合う。
それで全ては終わった。
でも考えてみるとこの運転手、多分この事故の前に何か体験しているのだろう。
それもかなり怖いことを。
その恐ろしい体験をしているから、心臓麻痺を起こしたのだ。
何かすごいものを見ているのだ。
でももう死んでしまっているので、それを知る由はない。
何があったのかは、分からない。
そうやって考えるともしかすると世の中で事故や事件があるけども、それはもしかしたら辻褄は合っていても本当はそうではない、もっと違う何かの力で死んでいることも、あるかもしれない。
こんな出来事ってもっとあちこちで割と起こっているのかもしれない。
後部座席のぐっしょりと血に濡れた女、多分この女は死神なのだろう。
(了)
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