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【稲川淳二】バス停【ゆっくり朗読】207

      2021/05/25

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季節は秋の深まった11月。

中年のご夫婦が、友人の工芸作家に誘われて、その方の福島県にある工房を車で尋ねたんです。

それが予定よりも随分遅れてしまって、時刻はそろそろ6時を回っている。

もう少し行けば、目的地も見えてくるという山道。

明るければ景色も見えるんですが、もう辺りは暗い。それに山の道というのは街路灯というのが無い。

車のライトだけが前方を照らして進んでいく。

そのうち細かな雨が降ってきて、モヤがかかってきた。

しばらく走っていると奥さんが、「あれ?あれなんだろう。人みたい」と言った。

奥さんが言うほうを見てみると、前方の方になんだか影のようなものが見えるんです。

その前を車で通り過ぎると、人だと思ったのは古いバス停の標識だった。

「あらー、こんなとこバスが通るのかしら?」

「この辺りは民家なんか一件もないだろう」

そんな話しをしながら走っていると、車は大きな道に出た。

もう街路灯もある。向こうには民家もチラチラ見えている。

しばらくすると車は目的地の工房に着いた。

待ちくたびれた友人が飛び出してきて「おい、ずいぶん遅かったな。まぁ入ってくれよ」と言って家の中に迎えてくれた。

家に入って、食事の支度が出来ていたので、その食事を頂きながら一杯やって話していたんです。

話の中で、旦那さんのほうが

「来るときにさ、ちょうど茨城と福島の間にある山間の道なんだけど、バス停があったよ。あんなところ、バスなんか通るのかい?」

って来る時に見たバス停の話を友人に聞いてみた。

「あーあー、バス停か。いやさ、あそこ昔病院があって、すぐ近くに職員の寮があったんだよ。道沿いなんだけど病院の施設があったんだよね。隔離施設って話もあるけど、なんだか分からないんだ。それで病院のお医者さんや職員たちや見舞いの客なんかを乗せる送迎用のバスが出ていたんで、そのバス停だと思うな。もっとも、もう病院の方はとうの昔に移転してるし、建物も壊されてる。その病院の施設ももう無いんだ」

「へぇじゃあバス停だけが残っているんだ」

なんて話をして、その日は寝たんですね。

次の日は工房で作品を見て、紅葉の山の中を歩いて、いい時間を過ごしていたんです。

そろそろ帰ろうかという時間になったんですが、早めに帰って渋滞に捕まるのも馬鹿馬鹿しいし、もっとゆっくりしようって事で、予定よりも遅い夜の8時頃に工房を後にした。

帰り道を車で走っていると、やがて福島県から茨城県に抜ける山道になった。

すると来る時と同じように、前方に霧がかかっている。

すると奥さんが「この辺りだったわね?」ってバス停の話をした。

「あ、あった」

霧の中に何か影が見える。車でどんどん近づいていくと、「あれ?あれ人みたい」

「ん?」

見ると影が動いている。どうもそれは女の人らしい。

「こんな時間にこんなところで?どんな人だろう……一体何なんだろうな。妙だな……」

すると奥さんが「あー、バス待ってるのね」って言った。

「バス待ってるって言ったって、バス来ないんだろう?あれどうしたんだろう?訳でもあるのかな?場合によっちゃ、乗っけって帰ろうか?」

「そうねぇ」

なんて話をしていた。

車はその女の人に近づいていく。

するとその女の人が気づいたのか、ふっとこちらに手を上げた。

それで近づいてくるので、こちらもスーッとスピードを緩めた。

だんだん近づいていくとそれは、ざんばらの髪の女性なんです。

骸骨のように痩せこけている。

秋ももう深まっているというのに、病院の患者が着るような寝間着が一枚。

変だなと思った。

だんだんお互いが近づいていく。

スピードを緩めてそろそろ停めようかというあたり、奥さんが後ろのドアに手を伸ばして開けようとしている。

そんな時、ご主人が「うっ!!」うめき声を上げた。

そして「おい!乗せるな!開けるな!」と言った。

女が車の横までやってきている。

ざんばらの髪で骸骨のように痩せこけていて目のところがくっぽりと凹んでいて、目がギラギラとこちらを見ている。

そして車のドアに手を当てて、ガタガタッと開けようとしている。

これは乗せてくれないなと思ったのか、運転席の窓にベタッと顔を近づけた。

中の二人をジーっと睨んで「ちっくしょう……」って呟いたもんだから

「うわー!」

アクセルをグーっと踏んだ。

随分離れたというあたりで後ろを見てみると、女は車を追っかけてきている。

さらにアクセルを思いっきり踏んで女と距離をとろうとするが、後ろを見るとまだ追っかけてきている。

バックミラーにしっかりと女が写っている。

なおもアクセルを踏んだ。

夢中で旦那は車を飛ばした。

もうだいぶ走った頃、ミラーを見るともう女は写っていないんで「あー助かった……」とスピードを緩めて一息ついたんですね。

「恐ろしかったな……。おいあれなぁ、人間なんかじゃないぞ。車に近づいてきた時にな、ライトにあの女のカラダが透けたんだよ。あれは幽霊か妖怪だな」

と旦那さんが言った。

「いやー、乗せなくて良かった。あー疲れた……」

と言うと奥さんが「えぇ」と頷いた。

そんな話しをしていると、ふいに

「フフフフ、フフフフフフ、ウフフ」

と笑い声がした。

後ろの座席から、「もう乗ってるよ」って声がした……

(了)

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 - 稲川淳二

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