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【沙耶ちゃんシリーズ】08 復職

      2015/07/06

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『霊障』から一週間ほどして、先輩から催促の電話があった。

『顔出せっつっただろうが』
……忘れてた。

あんまり登場させたくないので、仮名だけつけておく。
H先輩は俺の5つ年上で、上司としてわがまま放題を俺に押しつけた人だった。
その頃、俺は社会の右も左もわからないガキだったから、事なかれ主義でH先輩に嫌々くっついてたんだが、
同じ社にいた彼の反抗分子からも目をつけられて、結局退職するに到ったんだよ。

数年ぶりのボロい社屋を訪ねると、在社当時よりももっとメタボに傾いたH先輩が、重そうな腰を上げた。

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俺は頭は下げたが、非好意的な表情をしていたと思う。
勧められた椅子を使うまでもなく、俺たちの交渉は決裂する。
「社に戻れ」
「戻りません」
アクの強すぎる人だから部下がいつかないんだろうなと、すぐにわかったからさ。
「働いてんの?」
「いま、職を探してる最中です」
「じゃあいいじゃねーか」
「よかないですよ。ここ以外で探します」
「嫌われたもんだなあ。電話までしてきておきながら」

あんたにしたんじゃねーよと心の中で毒づきながら、俺は黙ってた。
実際、ここに連絡を取った本当の目的は、復職への足がかりにしたかったからなんだ。
H先輩が健在と知ったら、その気はなくなったけどね。

「まあなんだ。正社員になるかどうかはともかく、外注としてこの仕事請けない?」
俺が固辞してたもんだから、先輩が折れてきた。
外注って発想はなかったなあ。
「どんな仕事ですか?俺、ブランク長いですよ」
「だから簡単なやつね。U町って知ってるかな?」
妙に丁寧な説明なのが気味悪かったが、俺は話を聞くことにした。
「知ってます。ぎりぎりで市内に入ってる僻地ですね」
俺の住んでいる市は、県内で一番の面積を誇っている。
でも、中心の駅のまわり以外は、ほとんどが田園か山林に組していた。
U町なんてのは、ちょっと前まで郡だったところだ。
「そうそう。突風被害に遭ったとこだ。
その被災地が手つかずの状態で残されてるらしいから、ちょちょっと行って写真を撮ってきてくれ」

話を進めにくいのでばらすと、俺の元の職場っていうのは、フリーペーパーを扱っている弱小出版社なんだ。
市(近隣含む)の地域情報や広報を掲載して、読者をつかんでる。
こういう雑誌って、見たことあると思うけど、スポンサー広告がほとんどだろ?
俺のところは、大手のクライアントが1つ常駐していて、ペーパーの質を高めるために、プロのライターを派遣していた。
それがH先輩。だからこの人は偉そうなんだよorz
先輩の言う突風被害っていうのは、新聞の地方版に載ってたから俺も知ってた。
傘が飛ぶとかテントが倒れるとかってレベルじゃなくて、山林が根こそぎ傾くほどの規模だったらしい。
なんで先輩が行かないんですか?と聞こうとしてやめた。
荒れて進入も難しい現場に、行く気がなくなったんだ。この人は。
「写真を撮ってこられるようなところなんでしょうね?地割れを飛び越えていけって言われても無理ですよ」
依頼者がH先輩なだけに、しつこく確認する。
「ぜーんぜん大丈夫。危ないと思ったら、そこで引き返しゃいい。地元情報誌としての面子が保てりゃいいんだ」
なるほど。それらしい写真が2,3枚掲載できればいいわけか。
「給料は?」
これも念押しすると、期待程度の額を提示してきた。おし!
「やります。締めはいつですか?」と聞くと、しゃあしゃあとして答えるクソH。
「今日の18時校了だ。デジカメで撮って、ネット喫茶から送ってくれ」
はえーよ(汗)。時計を見ると11時半。現場到着まで2時間はかかる……なんとかなるか。
引き受けてから気がついた。沙耶ちゃんを12時に迎えに行く予定だったんだ……

現場は予想以上に惨々たる状態だった。
山というほどの奥地ではなく、村落から10分ほど入ったところの麓の林の中。
どう吹いたのかわからない。嵐は中心部から放射線状に大木をなぎ倒していた。重い固まりが落ちた跡みたいだ。
思わずミステリーサークルを思い出した。
沙耶ちゃんはいつものように、俺を待たずに先に歩き出した。
家に帰してから仕事に来ようと思っていたのに、目を輝かせてついてきたんだ。

「すごいエネルギーですね」
直径60センチはある木の折れた幹を見下ろしながら、沙耶ちゃんは呟いた。
「自然っていいなあ」
この光景を目の前にしての言葉とは違わないかそれ(笑)。
地がめくれ上がって、何十本もの根が露出している場所で1枚撮る。
被害のない場所から、被災した上空も1枚。
鬱蒼とした林のその場所だけ、快晴の空が丸見えだった。
数十センチの穴がそこかしこに空いてるし、枝葉は上から降ってくるしで、あまり長居したい場所ではない。

残りの数枚を取ると、沙耶ちゃんの待っている倒木まで戻る。
彼女の上には光が降っていた。
きれいな栗色の髪と、細い肩と、そして紅茶色の瞳が、金色の日光に溶け込んでいた。
思わずシャッターを押すと、気づいた沙耶ちゃんは俺に笑顔を向けた。
「あ。お帰りなさい」
「退屈だったろ?」と聞くと、「いいえ。気持ちよく充電できました」と笑う。
「何か見てたの?」ともう一度聞くと、沙耶ちゃんももう一度とても明るい笑顔で、
「今は見えません。まことさんといるときは、見えなくなりました」と答えた。

U町にはネット喫茶なんてもんはないんで、(というか、ネット環境が来ているかどうかも怪しい)
すぐに幹線沿いの店に飛び込んだ。
メールの設定をし、撮ったばかりの画像をハードに流し込む。
さすが1000万画素。画質のクオリティは高い。5枚ほど添付して送信した。
「はあ……終わったー……あの人の仕事はこれだから嫌なんだよ」
と愚痴ると、隣りでパソコンを覗き込んでいた沙耶ちゃんが、急に俺の胸に頭をすり寄せてきた。
驚いたが……なんとなく自然な気がした。
「余計なものが見えなくなった感想は?」の答えは、「幸せな気がします」だった。

沙耶ちゃんは俺に惚れてくれてる。確信した。
彼女はいままで、『普通の人間であること』以上に頑張ろうとしていた。
だけど、そんなものは彼女を幸せにはしない。
等身大の女の子の沙耶ちゃんに俺は……今度は無理矢理ではなくキスをした。

携帯がメールを受信したんで、こっそりとポケットから取り出して開く。H先輩からだった。
『タイトル「5枚目の写真はなんだ?」』
俺は笑いながら沙耶ちゃんに告げた。
「君の写真を送ったんだ。ついでにデートしましたって。たまには先輩を悔しがらせてやらないとww」
メールを開く。H先輩の本性が表れた文章で、こう書かれていた。
『ばかやろう。気味の悪いもん送ってくるんじゃねーよ!』
慌てて送信済みのメールを開くと、
5枚目には、折れた大樹の横に、ぼんやりとした金色の人型の光が映っていただけだった。

被災地から戻る途中で、沙耶ちゃんをバイト先に下ろし、俺は会社に戻った。
H先輩は「もう用はない」と言ったが、さすがに画像を送りっぱなしで無関心にはなれない。
採用した写真とゲラ刷りを見せてもらって、勘を少し取り戻す。そうそう。この工程が一番好きだったな。
それから、不採用の画像を消去してくれと頼んだ。
後で勝手に使われないための予防策だが、俺にそういう知恵がついていたことを先輩は嘲笑した。

5枚目の画像を処理しようとしたH先輩の手が止まる。
「お前、この前の肝試しの後、ちゃんとお祓いに行ったのか?」
真面目な口調だったのでついウケた。
「H先輩から、そういう非現実的な言葉を聞くとは思いませんでしたよ。行かなきゃまずかったですかね」
「俺には関係ないから返事はできんな。お前が決めりゃいい」
自分から話振っといて、なんだよ……
H先輩は削除ボタンを押し、『異変』の痕跡を消し去った。

「また連絡する。俺の番号、着拒にするなよ」と皮肉る先輩。
そういえば、昔はそんなこともしたなあ。

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 - 沙耶ちゃんシリーズ

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