【稲川淳二】病院裏の火葬場【ゆっくり朗読】268
2021/06/02
病院の話なんですが、神奈川県の会社に勤めている方なんですが、仮に会田さんとしておきましょう。
会田さん、急に仕事中に具合が悪くなってしまったんですね。
私もあるんですがね、尿道結石の気があるんですよ。
あれはすっごく痛いんですよ。それで一度大阪から新幹線の中から運ばれたことがあるんですよ。救急車で。
ところがアレ、ふっと治っちゃうと全然痛くないんですよね。普通の状態。
苦しんでる時はすごいですよ。骨がビーっとねじ曲げられるような痛さ。
すごく痛い。本当に汗がバーっと出てくる。そういう状況。
で、彼もすごく苦しんじゃった。それで会田さん仕事場から病院運ばれたわけだ。
ところが病院に着いたら、痛さが無くなっちゃったんですね。
石が動いて落ち着いちゃったんですよね、きっと。
ところが病院としてはまぁ二日くらい泊まってくれと。
要するにね、検査をするための入院ですよね。
これはやることが無くて暇でしょうがない。普段丈夫なんだから。
退屈だからあちこちに、
「入院だよ。弱っちゃったよ。運ばれた時は苦しんだんだけど、今は全然痛くないんだよ。それで、一応検査の為に入院しているんだけど、退屈でしょうがないから来てくれよ」
と電話をかけたんですね。
と、そこへ親友の渡辺さんが来た。
あーだこーだ冗談言って、そうこうするうちにもう面会時間に限りがありますからね。
帰る時間になっちゃった。
帰り際に渡辺さんが、
「お前さぁ、こんな話知ってる?
ここみたいなさぁ、古い病院なんだ。その古い病院の裏手にな、小さな墓地があるんだよ。
その墓地の向こうになぁ、今は使っていない崩れかけたような古い廃屋になった焼き場があるんだよ。
火葬場。それでなぁ、この火葬場の小屋だけどな、もう窓は釘でしっかり打ち付けられててな、入り口はなぁ、でっかいしっかりした鍵がかかっているんだよ。で、板が打ってあるんだよ。
誰も入ることが出来ない。入っちゃいけないんだろうなぁ。
ところがだ。隙間から、その崩れかけた焼き場を覗くだろ?
間違って覗いてなぁ。あるものを見ちゃうとなぁ、そいつ必ず死ぬんだよ」
「なんだそれ」
「いや、そういう話があるんだってよ」
「なんだよそんなのつくり話だよ!」
「いやー、そういう話があるんだよ」
「やめろよお前は帰るからいいけど、嫌だなぁ。入院してる俺にそんな話してくんなよ。気持ち悪いなぁ。趣味の悪い奴だなぁ」
って言ったら渡辺さんがケラケラ笑いながら
「大丈夫だよ。その病院はここじゃないから」
そんな話しをして渡辺さんは帰っていった。
まぁ二日入院して結果的には何もなかったんですね。あとは通院して薬もらうだけ。
それで会田さんは開放されたわけなんですよ。それでいつもの仕事に戻った。
そうしましたら、何の事ない、今度は渡辺さんの体の具合が悪くなっちゃった。
渡辺さんの実家は福島県にあって、自営業をしているんです。
ちょうどその頃、家の仕事を継ぐという話も盛り上がっていたのもあって、体の調子も悪いから福島に帰って体調も整えて、実家を継ぐという事で渡辺さんは福島の方に帰ってしまったんです。
そうなると、上京してから付き合ってた人間とは疎遠になっていったんですよ。
たまに電話をしあう程度。
そんなある日、会田さんのところに渡辺さんから電話がかかってきた。
会田さんが「はーい」って出ると、懐かしい渡辺さんですよ。
「おーどうしてるー?」って。
「おーしばらく。どうしてるよ?」
「相変わらずだよそっちは?」
「うんこっちはなかなかいいよ。福島帰って親父の後を継いで仕事やってるんだけど、俺ちょっと体調悪くてさ。今入院生活だよ。いやちょっと検査して。手術になるかもしれないんだけど、退屈でさぁ」
「そうだろう」
「うん。お前遊びに来ない?」
「簡単に行けないよ、こっちは仕事あるんだから。そのうち暇見て行くわ」
そんな感じで、世間話して電話を切った。
結構元気そうだったのもあって「あー、元気にやってるんだぁ」ってなもんでね。
それからしばらくしたら、また渡辺さんから電話があった。
「あー」って電話を取ったら、「おー相変わらず入院だよ」
「結構長引いてんなぁ」
「ちょっと長いんだよ。検査って結構時間かかるんだなぁ。やることは無いし、退屈でしょうがないよ。おい、遊びに来てくれよ」
「分かった分かった、行くよ」
「頼むよ遊びに来いよ。こっちは気持ちいいぞー」
なんて話で盛り上がってケラケラ笑って電話切ったの。
「なんだよあいつ結構元気じゃないか」って思って。
ところがその電話があって三日もしたらまた渡辺さんから電話がかかってきた。
「もしもし」
「あー、あのさ……お前こっち来てくんないかな?」
「分かった分かった、行くよー。お前どうしたんだよ。手術決まったのか?」
「うーん」
「あー、お前手術が決まったからそんなに暗いんだな。大丈夫だよ手術なんて。ちょっと寝てたらすぐ治っちゃうんだから。大丈夫大丈夫。気にすることないから。大丈夫だよ」
「いや、そうじゃないんだけどさ……」
「ちょっと寝てたらすぐ治るよー。今さ手術なんて簡単だから平気平気!分かったよ、時間作ってそっち行くよー」
「頼むから来てくれよな」
「分かったよ!」
「来てくれよな……頼むよ……」
そんな会話をして電話を切った。
様子が違う。ついこの間はすごく明るかったのに。なんだか、渡辺さんの元気がない。
ああ、手術が近いから渡辺のやつ結構気にしてるんだな……意外と気の小さいやつだなと思ったりした。
どうも気になったんで、うまい具合に休みをとって会田さんは渡辺さんに会いに行く事にしたんです。
ただ仕事もあるし、泊まりという訳にはいかない。日帰りのつもりで会田さんは出かけていった。
渡辺さんの御実家に行って挨拶をして、彼が入院しているという病院に行ってみた。
おどかしてやろうと思って、病室へ近づいていった。
ドアがあいてて、渡辺さんが窓際に立ってる。窓の景色を見ているんでしょうね。
渡辺さんが窓を向いて静かに立ってるんで、「おーい」って声をかけた。
「おお」と渡辺さんが振り返る。
見たら渡辺さんげっそり痩せてる。顔色も悪い。ツヤがない。
「大丈夫かお前?」
「大丈夫だよ。よく来てくれたな」
「お前手術は?」
「うん……」
「お前なあ、手術を気にする前にまいっちゃうぞ!手術っていっても怖いものじゃないんだから。ちょっと寝てれば治るんだから。そんな難しくないし痛くないよ」
「うん」
なんて言いながら世間話がはじまった。ああだこうだ盛り上がった。
「ああ、そうだ!俺今日日帰りなんだよ。悪いけどもう帰らなくちゃ間に合わないからさ。また改めて来るからさ」
「そうか……じゃあ俺送ってくよ」
「いや、いいよー!」
と会田さんは言ったんだけど、渡辺さんは玄関まで送ってきた。
玄関口で、じゃあなって言いながら、妙に会田さん気になったんで、「お前なんか用事があるんじゃないのか?」と聞いてみた。
「うん……いやお前さ、お前が入院した時に俺見舞いに行ったよな?」
「うん来てくれたよ」
「あの時の話覚えてる?」
「なに?」
「古い病院のさ、裏手にな、小さな墓地があるんだよ。その向こうにさ、今は使われてないけどさ焼き場があるんだよ」
「ああ!あの話な」
「昔はさ、病院ってのはな、流行病だとか伝染病っていうとそういう患者が感染っちゃダメだからっていうので燃やしたらしいんだよな。それからおろした子供なんかも焼いたらしいな。それから、行方不明になった人とか行き倒れなんかのいる人いるじゃない?そういう人も死んだりしたら焼いていたらしいな」
「うん。で?」
「だから、やっぱり色々あるんだろうな……」
「それでなんなんだよ?」
「それはいいんだけどさ……」
「なんだよ?」
「あの話だけどさ、あれさ俺見たんだよ」
「え?あの話?だってあれはつくり話だろ?」
「いやそうじゃないんだよ。あったんだよ。俺見ちゃったんだよ」
「ば、ばか。お前手術が近いからそんな事言ってるんだよ。大丈夫だよ。なんでもないよ」
「いや、お前に電話したろ?」
「ああ、こないだな」
「いやその前に電話した時だよ」
「ああ」
「電話した後さ、俺いつものように散歩してたんだよ。大体そのあたりをぐるぐる歩くんだけどな。表から裏手にまわったんだよ。それで病院の裏手ずーっといくとさ、小さな墓地があるんだよ」
「うん」
「それで、なんとなくその墓地を眺めてたら、墓地の裏手からさ煙があがってるんだよ。なんの煙かな?って思ったんだよ。それで近づいて行ってみたんだ。そしたら墓地じゃないんだよな。その向こうに小さな森があってさ、そのあたりから煙が出てるんだよ。なんの煙だろう?って思ったよ。
そしたら森の中にさ、崩れかけたレンガ造りの小さな小屋があるんだよ。苔がむしちゃって、蔦が絡んじゃっててさ。で、やっぱりレンガの煙突があってさ、そっから煙が出てるんだよ。えーなんだろうって思ってさ、近づいていったらさ、窓はしっかり釘付けになっててさ、入り口はでっかい鍵がかかってるんだよ。それで板でおさえてあるんだよ」
「え、それ……」
「うん。話にそっくりだろ?俺もその時そう思ったよ。だけどあんな話はつくり話だと思ったからさ。でも、あんまりそっくりなんで気になっちゃって。帰ればよかったんだけど、そばまで行ってみたんだよ。でももう全然使われてるような建物じゃないんだぜ?古いまんまでさ。崩れかけててさ。でも本当に煙あがってるんだよ。中で何を燃やしてるんだろう?誰がやってるんだろう?って思って気になっちゃってさ。隙間探したらあったんだよな。それで、覗いちゃったんだよ。明かりがなくて中は暗いはずだよな?なのに小屋の中明るいんだぜ。見たらさ、真っ赤なんだよ。明るいんだよ。で、中にだーれも居ないんだよ。台だけが置いてあってな、その上に棺が置いてあるんだよ。それでよーく見るとな、棺の中に誰かが入ってるんだよ。誰かな?って思ってよーく見たんだよ。そしたらな、その棺の中にいた奴な、俺だったんだよ」
「ばか。お前そこにいるじゃねえかよ。棺の中にいるわけねえじゃねえかよ」
「いや、俺だったんだよ!俺が棺の中にいたんだよ。俺見ちゃいけないもの見ちゃったんだよ。俺死ぬかもしれない」
「ばかだなお前。お前が手術がこわいこわいって思ってるから、そんなの見るんだよ。そんなのあるわけないんだから、気にする事ねえよ。幻覚だよ。そんなのあるはずねえよ」
「いや、俺本当に見ちゃったんだよ」
「大丈夫だよ。そんなの怖くねえよ。まあ、俺また顔出しにくるからさ。気にするなよ。手術なんかこわくないんだから。じゃあな」
そういって会田さんは帰ったんですね。
会田さんにしても、なんだか残るものがある。気にはなったけど帰るしかしょうがない。
それで、いつものように仕事をしていた。渡辺さんはその後手術に入ったんでしょうね。
四、五日位経って、会田さんのところへ電話がきた。
「はい、もしもし」
それは渡辺さんの実家からの電話で渡辺さんが亡くなったという知らせだった。
会田さんびっくりして、他の仲間も集めて福島まで行った。葬式もどうにか済んだ。他の仲間もみんな帰った。
でも、どうにも気になるもんだから、自分だけは病院に行ってみた。
古い大きな病院。ずーっと歩いて行ってみた。
裏手に確かに小さな墓地がある。墓地からよーく眺めてみると、確かにむこうに小さな森がある。
こわいけど行ってみた。
ところがない。崩れたレンガの、苔むして蔦のからんだ古い小さな焼き場の小屋がない。
もちろん煙突もない。いくら探してもそんなものはない。
戻っていると、ちょうど病院の用務員のおじさんが来たんで、「すみません。ちょっとお聞きしたいんですが、この病院に火葬場ありませんか?」と聞いてみた。
「いや、そんなものないよ」
「そうですか……例えば昔火葬場があったとか?」
「いやあ、俺は昔っからこの病院に勤めてるけど、この病院には、はなっからそんなもの一つもないよ」
どうやら、渡辺さんが見た火葬場……
死が近い人にしか見えない火葬場だったのかもしれません。
(了)
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